2011年3月9日

品性を落す相手とは縁を切れ県政

自分がもし県知事なら韓国便は就航させず、文化上の影響をかねもうけより優先させる為にイギリスとアメリカのLCCとしか結ばない。そのほうが総合してみてよい結果に至るだろう。国内便についてはそのかぎりではないが。

ヨーロッパや中国もいずれは考えるが、そこからの影響は既存の文明より多くは劣っているだろう。

 なぜ団塊の世代はかねもうけしか頭がないのだ? それよりはるかに重要な価値が文化にはある、と理解が及ばない。だから韓国人の観光含む侵入で既存の茨城圏の文化が崩壊しても、金がもうかったから万歳なのだろうか?

自分はいわきというすでにアジア人(中韓、および倭系)のニオイがする汚い街を知っているからそういいきれる。かねがもうかろうと品性を落とせばなにひとつ得はしない。これが人生の真相だ。あんな女飲み屋のあふれる街でまともな人格が育つ可能性はゼロだ。

県の公社が経営してるとすればその責任は知事にある。今の知事が最終的には亜アジア化した茨城県にどんな落し前をつけてくれるかはわからないが、新大久保級の街の様相が出現した瞬間、少なくとも自分は罷免へ最大級の行動をとるつもりだ。人間には金より重要な価値がある。
 極論すれば民間共用部の空港設備を潰してもまだ韓国系の文化を侵入させるよりはいいと自分は思うが。実際、自分がみてきた韓国文化の汚さを知っていていうのだ。勿論、江戸文化よりは多少ましだが、かといって自分からつきあう意味はないばかりか害の方が大きい。