2010年8月31日

図書館の栞

図書館の受付で、前まで必ずいい感じのイラスト入った栞がもらえてたのだが、なぜかハイテクぶってなんの変哲もないレシートになってしまった。文化の退化が機械化に伴って起こった例だと思う。すばらしい工芸だったのに。がっかりする。

2010年8月28日

イワキの対処策

イワキはなんとなく女が多い。だからそこにうろつく男もどっちかといえば女っぽいというより女々しい傾向が強い。第一の原因は、首都圏や福島市へ出稼ぎに出てしまうので、地元には女しか残らないのではないか。さらに、なぜかはしらんが中国人女がかなりいる。(どういう理由でか集団による移入が起きているのだろう。)

あのキタナイ商売はこれらの事情が大きいと思われる。女が過剰にいるので、そのあぶれどもが放っておくと勝手にああいう界隈に落ちぶれる意識もなくおちぶれるのだろう。結論を言えば、この女過剰の社会というのは全然のぞましい状況ではない、というか害毒である、というわけだ。故事にいうごとく牝鶏晨する社会は明らかに没落期に入っている。あの漫画しか売ってないラトブ本屋のサイアクの市場文化状況をみれば遠からずおちぶれるのは間違いない。

 きたいばとしていえるのは、イワキとの連携より日立とのそれの方がずっと優先度が高い。イワキはろくでもない、と言ってしまってもまあいい。没落中の社会に関われば関わるほどわるくなる。この事情は、説教しようがイワキ市議会が迅速に反応をみせないところをみると、女の論理(つまり理屈でなく感情論だ)の方が力がつよいと思われ、そういう社会には何を言ってもまったく受け付けない。勝手に自業自得でおちぶれさせた方が楽だ。

但し、日立も女性建築家が出たりしてるので油断はできない。とかく女が活躍しはじめた社会は中世京都の様にかならず退廃のきざしに入る。ただ日立そのものでおもに活躍してるんではないからまだいいが。

どの様な手段をつかってもいい。イワキとの行政連携はできる限り断つべき。さもないと必ず足を引っ張られるし、ああいうキタナさの被害をうけるだろう。現市長は広域連携とかしようとしてるみたいだから最大の批判と注意が要る。

2010年8月25日

情報隔離より災害情報の備えがいるでしょうに

情報隔離=悪、ゆえに是正しなければならない、みたいな論理は魔法っぽい。

情報という言葉自体、information(inform:形を中に ate:与える ion:こと)の翻訳語として適切か疑問だし、あまり有効でない。結論を言えば情報隔離など余りかまわないばかりか寧ろ希少価値で上な気がする。誰だって首都圏の情報漬けのいなかなんか帰りたくも行きたくもない。いなかはいなかでいてほしいしその方がいい。

但し、大衆報道(マスコミ)のみが主要情報源という状態はまずい。デマに流され易いからだ。
 思うに行政の義務は、この「正確な必須報道」の分に限られるのではないか? ひたちで災害しらせる市営ラジオ機を配ってるらしいけど、あれがこの目的に最もかなうところある。ネットは庶民に与えるとすぐ悪用されやすく、望ましくない。無用か害毒でしかない情報、というのの悪影響の方がおそるべきことだ。
��この意味でわざわざ市で光ケーブル通してどんどんトウキョウ系の邪悪な映像やらネット虐めスポットやら諸々を流したいなら、なにより先にフィルタリングの義務を啓発せねばならない。はっきり言ってインターネットはまだ無法地帯なので地獄の様になんでもある。だからインターネットでわるい情報に触れて犯罪にかかわる市民も多数出るだろう。あとついでに思ったが、市でケータイにフィルタリングしてない親がいるばあい、これもネットに接続してさまざまなあしき情報をこどもが得たり発信しているのはまちがいないので、この親を管理不届きで罰金と状況が酷いときは数年以上の懲役で罰するべきだ。この危惧のほうが高速の大量な動画などの需要開発よりはるかに優先すべき。)

で同じ億単位つかうならひたちの実例に倣うほうが、災害時での緊急連絡や市の必須情報を与える面でも優先度が高かったと思う。民業圧迫という観点も幾分かある。あまりに金額をあてすぎなのはまちがいない。もし津波や大地震がきて、一時的にデマがとんだとかこういう時点で電気通信や電線に依存するネットはつかえなくなるのを知らねばならない。正論すぎて笑えないが、猛暑なのでゆるせ。どうでもいいが、すべての路面を透水性のいい芝生にしたら涼しくなると思うが夢だろうか? これから先、もし浮く車とか廃止道路とか出てきたら試してほしい。草場が比較的涼しいのは光合成と蒸散でその上部の気温が数度下がるからだ。アスファルトの黒っぽい路面は勘弁してほしいし、だれが発明したかしらんがむしむしする日本風土に合ってない。即刻廃止を求める。

サーファーが発見したという話

あまりしられてないみたいだが、中郷のうみべに死体が流れ着いてた(日曜に、まつりのかげで)みたいなニュースをきのうのいばしんでよんだ。身元はしれたのだろうか? 年齢はおばあさんだと報道されてたが長く流されてたとしたら真相はわからない。

2010年8月21日

空中歩道計画(仮)

さっきおもいついたのでしたが、国道ってか自動車道をバイパス化するより、歩道をいわゆるペデストリアンデッキ(要は空中歩道だ)として海と空に開いてった方がよくなるきがした。ただし、この考えは地上レベルがどうなるのかな、って感じだ。海浜のじべたに住んでる人たちは高架がばんばんできちゃうとあんまり家の周りがいい環境になるとはおもえない。

もし温暖化で南極大陸の氷がとけだすから海岸線をいまよりひっこめなくてはならないってのが治水の前提としてあるなら、すくなくともこの空中歩道の拡幅とかのがまだいい気がする。

たとえば大磯という神奈川の海岸にいってみるとわかるが、浜辺のすぐそばまでデカイ自動車道が通ってくると海岸線はあんまり綺麗じゃなくなる。なんとなくじめじめとして日が当たらなくなるからだと思う。
それなら小回りのきく空中歩道をちょこちょこと設けて国道をまたぐ、くらいのがまだいい。それなら大部分は人の手が入らない状態を維持できるだろうし。ただバリアフリー化ゆえある程度の長さの傾斜路はいるきがするけど折り返せば問題ない。

現物みたことがないのだが、鹿島の神栖あたりに大規模な海岸散歩用の歩道がつくられてるらしい、木造りだったっぽいのを写真でみた。ことしのいばしんのどっかにのってた写真だった。あれが多少参考になる感じ。いわゆる防風林の松林の上を走ってるみたいなものだった。

2010年8月20日

雨情の黄金虫は純正な黄金虫である(地元人談)

ウィキペディアでごきぶりの欄にいそはら辺で黄金虫はごきぶりだ説が流布されてるが、聞いた話がないので誤りだと思う。そもそもごきぶりなんて生き物を見たことがなかったし、それは昔から蔵のあった家でもそうみたいだ。近代化した時に常磐線を北上してきたのだと思う。この10年の間にとつぜん現れるようになった。

雨情は黄金虫のあの玉虫色からシンプルに童謡のイメージをひきだしたのだと思う。それは今よりさらに素朴だった時代の町を知ってれば確信できることだ。本物の黄金虫なら身近にいた。ごきぶりなんていう意味不明な南から来たろう熱帯産の生き物はどこにいるのかも知らなかった。少なくとも地元人の自分はそうだ。

こういう俗説は初期に批判しておかないといずれ広まる。おそるべきことだ。市民は雨情生家にといあわせてみてほしい。矢島稔さん(江戸人)とかいう在命中の昆虫好きが勝手にこの説を広めているらしいのをほぼ日で確認した。ありえない話だ、無責任にも程がある。方言でもごきぶりなんかを黄金虫なぞとまるでありえなく言う話は地元人のひとりとしてきいたはなしがないのだ。黄金虫は黄金虫である。さもなくばあんな童謡ができるか。南蛮虫などもっと殺伐とした生物でぜんぜん親しめない。栃木の商家ではそう言ってたとか書いてあるのもたいてい俗説だろう。これだからウィキペディアは信用しがたい。

2010年8月19日

まちにはびこる汚い商売

クソきたいば女(なぜこういえるかというと、少しも高級でないから)がイワキあたりの穢れのまねしだしか知らんがエステとかはじめている。だから言ったのに。先ず駅前のマンションの英国式マッサージとかなんちゃらの看板を撤去せよ、次にクソエステとやらをつぶせ。

見た目を気にするより先にその腐った発情精神をたたきなおせと思う。夏休みなのでクソ高校生が来ないのだけ今の救いだが、まちで発情しかしないキタコー級の市民があっという間に幼児虐待に進むのもクソエステとかろくでもない業種を放置した業だ。居酒屋もやたら多いが誰が行っている? 酒でうさばらしするより学問で身を立てろ。修道女になれ。

2010年8月16日

緊急性の高い行政検疫

二億とか四千万とかをホイホイ「有効需要(=購買力平価に還元される需要喚起=民間への行政権からの投資)」率を考えずにつかいまくる脳髄抜けた市なので、いまさらながらだが、企業でいう外部監査のかわりに『行政費用診断士』みたいな制度をつくり、副市長(女性だから経済観念=損得勘定はあるだろう、という楽観予測に頼り切らず)の提出した行革案を費用面から客観的かつ公開されるデータの上で絶えず診断してもらうのがいい。これがないと、これまでみたいな経済効果とは無関係な衰退美化みたいな、しかもアホ高生のたまり場なうえ光合成吸熱効果のないコンクリ埋め公園とかに市税がばんばん使われてしまう。

おもに筑波から仙台間、遠くても栃木圏内にいる中小企業診断士とかの資格をもつ、研究所系の人物を議会で精査のすえ選び抜き、その行政予算の健全性診断をしてもらう方がいい。それほど遠くなくこの市の財政もいま国会でやんややってるレベルの大規模な陥没が明らかになる。ばらまきじゃないが、談合用のコンクリ系予算か意味不明なさきばしった光ファイバー幹線にウン億つかっても痛みどころか罪すら感じないのは、独裁者よろしくこの経費感覚が麻痺しているに等しい。麻生首相みたいなもので、百円稼ぐのがどれほど難しい仕事かも理解できないんだと思う。やはり育ちみたいなものがある。経済感覚のない首長は、今後の衰退市場下ではすこしも貴べない。いつ負けても文句はいえないのだ。

中国人富豪が観光まぎれに大金を落としまくるのを大口あいて眺めてる、みたいな方法論(いっちゃわるいがこれが県の現状の行政方法論だ。経済学面では正しいのだが、文化的にはどうか?)だけではいずれこの地域も中国化して終わる。いまの中国はとんでもないくにでぜんぜん尊重できないのはまともな判断をもってれば理解できよう。
 やはりさきごろのイングランドあたりの事情、あきらかに産業というか市場競争面での衰退はまぬがれてないが、文化や学術での名分から一定以上のpresenceを保つ、これしかこの規模の中小市に行政発展の道はないだろう。

はぎ○ろの人気取りぶりっこをみてると、あれはあれで問題がある。衆愚にこびてもはした金しかこない。そうではなく、長期的展開を考慮した文化学術的質を底辺レベルから高めつづけるほうがいい。じかには妹島和世氏みたいな一流の文化人を多数輩出する、といったところが目標だ。ほかの雑魚はふみつぶすしかない。ミニスカ高生とか。笑いものにすらならないし、そんなレベルのくずは穢土にいけば山ほど浮浪していてめずらしくもない。

2010年8月15日

図書生協のすすめ

市内にまともな書物がこない=教養度がおちつづける、というのは当然。
で、ヤマグチというところではエヌピーオーへトショカンそのものの経営委託をする、ってニュースがあったが、これよりさらにすすんだ考え方でしかも巧みなのは、「図書生協」をトショカン付属で設けることではないか?
生協会員には格安で売る。もしくは終日自由に資料コピーする権利を渡す。この会員からは一定の預かり金を毎月すこしずつ積み立ててもらい、その金利を運営資金にすることで量的売り上げに左右されない高級な書物も買い入れることができるはずだ。いわゆる大学生協とかでやってることを市の単位で行う。ばあいによっては茨大茨キリと相互提携してもいい。品揃えを交換条約みたいに連絡しだいでいつでも自由に流通させる。

問題はこれから出版そのものが電子図書化に入ってくというところだ。
だから市民営の図書生協にはダウンロード専用のホームページも設ける。で、ここから同じ様に格安でも新着の注文書や教養書を売る。

いわきの本屋もやばいらしく、漫画しか置いてない。しかしそれならますますまともな読者からみすてられる。どれだけ小金を稼ごうが本格的読書家にはあきれられてしまうだけだ。そして漫画自体も衰退産業だ。自業自得。伊達に勉強させてるのではない。人は生きている限り知識を求めるが、成長してしまえば低俗な娯楽はいらなくなる。映画という流行もそうなのではないだろうか? 4千万ちかくかけて観覧席を…いやなんでもない。クオーク

代理投票員を設けること

間接民主政の問題は、かなり数が多いと民主政の意義が発揮されないこと、つまり一票ずつの価値が薄まってどうせ投票しても衆愚=最大多数におされ受かるべき人が受からないということ。

これを解消するには「代理投票員」選挙制度をもうける。より柔らかくいえば代わりの選挙だ。
 この代理士へ一定の資格や教養をとりつけることができれば、現状みたいなどうしようもない結果にはならない。なぜ民主政治なのに討論なしで議題がスルーされていくか=無能な市議会議員だらけ=市税虫食い、ってわけ。

だれもがまわりからこの人なら一定の信頼が置ける、と思う人物を推薦してこの代理選挙を行い、つぎに市議会議員選挙をかれらの投票で行えばいまよりはましな議会が展開される未来がひらかれるだろう。
数としては各町から数名、その選挙費は当然カネのかからない清潔な選挙が今後の(戦後のくさりきったジャップの自民党式談合体質からぬけだすべく)命題になる。よって推薦主義でおこなうとして、その町費をもとに一定の代理選挙費を等分し、だいたいひとり5万円程度をわりふってこの中でのみ公正な選挙活動をさせる。

かもめは不衛生なばにすめない。そういうわけでもしこの市がいままでどおりきたないやりくちをつづける様なら旅立つしかない。市の鳥にすらみすてられたら…みなまでいうまい。クオーク

2010年8月12日

コンクリ詰めの悪循環を抜け出すには

できるだけ市の緑化率をあげること、この対策には緑化助成金が有効だと思う。大規模公害型店舗(誤字ではない)や高層ビルへは屋上緑化または建築面積あたりの緑化率を義務付けるのも必要だ。

暑い→冷房かいまくりつけまくる→熱排出→熱帯夜→ますますコンクリ+アスファルト詰めの高気密都市

この悪循環をたちきるには「緑化」しかない。光合成は吸熱反応なので。
たとえば
暑い→緑化しまくる→徐々に涼しくなる→扇風機で十分か→風通しのいい家がいい→森林資源有効活用
という善循環に入れば環境問題の解決で先端に立てる。

耐震化で児童の命を守る予算より、どうでもいい高画質動画買いに市税を費やす薄情なうえ痴呆入ってる市議会員どもには理解不能かもだが。かもめの先見の明は人をはるかにこえている。たいてい空からみているのだから。

2010年8月10日

馬鹿げた市議決! 全員一致は勘違い

どうもこの報道局の先見の明は無視されたか通じてないか、談合に利用されたかどれかのために、せっかく原口大臣系の総務省とか孫さん系のソフトバンクが全国に「光の道」を敷いてくれるはずなのに、北茨城市民税を費やしまくって僻地に好んで住んでる変わり者のために大金かけた大工事網を敷くらしい。馬鹿げているばかりか、まともな経済勘定をもっているものなら即クビにしなければいけないほどの愚策を本日、臨時会議までして議決してしまったらしい。

きたいば議会員は村社会談合よろしく‘全員一致’をさせてしまいがちだ。だが冷静にかんがえればわかることだが、民主議決でいちばんおそろしいのがその議題の欠点をみのがしきってしまう様なこの‘集団の和’なのだ。それで満州国以来自滅の道へ進んだことを反省してみればいい。
��きたいば議会の機能不全はあきらかなこと、特に新世代の意見が通らず、馬鹿げた1000年前の論理で動いてしまう。戦後は終わった。もう談合型の公共投資で成長できる時代ではない=社会基盤への初期投資は回収してしまったのだ。現時点で赤字倒産中の政府はいかに行政費用を節減するかへ血眼になるしか生き残りはない。)
つまり全員一致の会議というものは無意味か、機能しておらず、腐敗しているとかんがえてまず間違いない。2億5000万を自分で市場で稼いでみろ、という話だ。無駄がねをくだらない用途につかってしまうと二度と取り返せない。ただでさえこの僻地は縮小市場なのだ。

 おとなしく待つことができない者は決して大成しない。徳川家訓を参照するがいい。この議決は市議会議員どもが無能である証に違いない。いつかこの業は奴らの貧乏症のために報いられるだろう。

もう一度参照すると、
・ソフトバンクと総務省が光ファイバー網の全国一律敷設を計画している。
・僻地に住むのは自業自得で片付けられる(さもなくばすべてのサービスを行政負担にしなければいけなくなる)。
・光ファイバー=100Mbpsを大幅に超過した過剰機能の回線(主には動画用途)という今後も永久維持費のかかる贅沢施設はいらない。
・すでにある電話回線を利用したADSL網(50Mbps相当)でも通常のインターネット使用に問題はないばかりか十分すぎるほど。
・現段階で何人の需要が見込まれるか試算すべき(市議のとおり光ファイバーを僻地敷設すると、5万人\2億5千万円で関係の有無にかかわらず市民一人あたり約110万円を支出せねばならない)。
・VDSLという既存の電話回線網を利用した戸別のブロードバンド契約でも十分に対応できる(100Mbpsが理論値)。
→市費を使う合理性はない。現時点では市費による一律敷設計画へは保留が妥当である。
※なお簡易な無線基地を独自に設け、そこから電波で各接続先へ高速回線網を敷くことも技術的に安価かつ即座に可能である。

カコ記事の参照URL
http://kamomenome.exblog.jp/11372514

ま、負け組み一直線ですな。社会主義国家じゃねーんだぞ? なぜきりがない僻地住民どもの私的用途のためにわれわれが110万円ずつ貢がねばならない? 通らない道理であしを引っ張る悪党はこの市から出ていけ。こんな初歩の問題すらまちがえる様では先がおもいやられるどころか、おちこぼれるに決まっている、給料もらいまくってる役立たずの市議会議員どもは勉強不足だ!


追記
単純になぜこの答申がおきたかというとネットを使いたい、という単純な論旨だったのではないか? 先ずそれなら市庁舎でも図書館でもいいから「市民のパソコン」みたいな常時接続ものを一台から数台用意してみればいい。それでも利用者は驚くほど少ないだろう。そういうわけで足を引っ張られ迷惑かけられるのはご免こうむりたい。ネットしたいのはまだわかるが、それならじかにNTTやソフトバンクほか回線業者とプロバイダーへ談判していけばいいわけで、公費を意味不明な私用されては話にならん。花園神社に超高画質ブロードバンド動画(しかも常時接続)を通してなにがしたい? 都市生活したければ町へおりろ。話はそこからだ。

2010年8月5日

のらねこ保安のおふれ

トクツナ(将軍)じゃないが、ねこ保護条例を制定してほしい。これはおととい、うちにいきなりいままできたいば人生でみたこともないおまんじゅうみたいなゴキブリがでてきたから。

この十年ほどのあいだにきたいばにはゴキブリが決定的に進出しだしのをだれもがしっている。その原因は、そもそも日本風土の蒸し暑さを増幅させるみたいな鉄筋コンクリートマンションの増産にある。これはまちがいない。そのころからでてきたのだ。コンクリートをへらすしごとがどれだけあってもたりない。これは一般の戦後型行政談合人とは真逆の発想だが。

海川のコンクリ護岸も、ほんとうに合理的なんだろうか? 砂浜というのは砂浜でいいんじゃないのか? 河川敷は河川敷でいいんじゃないのだろうか? 単にそれらの広さ・高さがあればいい。
なぜ治水ぶってコンクリ埋めしたがるかっていうと、実は土建票ねらいというのはさんざん国会で批判されてる通り。そいで民主党に国意がながれた。
ってわけで、ゴキブリがすみつきやすくなる亜熱帯環境にこの土地をしたくなければ、どれだけコンクリート談合をなくしても足りは市内のだ。誤字ではない。

 で、のらねこがもっとも重視されるを得る。のらねこは肉食者なので、インドの牛じゃないが、ひとの衛生上はゼンゼンのぞましくないあいつらゴキブリどもをくらっていってくれる。比弱な飼い猫ならしらんがのらねこのタフな繁殖力に期待大。かもめはそんなものたべない。

2010年8月2日

(かもめ)病院のニオイ

病院の話ですが、病院のニオイがほんとうにいやな人は多いはず。あれは、はっきりいって換気と消臭のモンダイだとおもう。

かもめ病院という名誉(カモメ界で)な病院へはこれをもっとも期待しなくちゃ。
窓は微妙か最大限にかあけられるのだろうか? とにっかく病院=病院くさい、というのがサイアクで、これを解消するにはどんなに努力してもらってもいいきがする。要は最大限の換気能力をもたせ、消臭の方法も最大に講ずる。これだけで病院が忌まれなくなるとカモメ界ではもっぱらのうわさ。

いぬのしあわせ

これはいますぐどうとかいう問題ではないけど、看板に県と市の名義で「犬の放し飼いはいけない」とか書いてあった。

で、ドイツやイギリスの話なのだが、普通に放し飼いされている。というか日本の犬とは犬のかしこさが違うらしい。首輪をつけたり紐でつながれたりしなくとも人へ悪さをしづらい様に専門のトレーナーとかが大体ついてしつけされてるということ、および「育種」がジョウシキなのでわがままだったり単に凶暴な犬はさっさと保健所で殺されてしまうということだ。イギリスでは二回かみつくとアウトで法的に保健所行きらしい。
で、日本の犬があれだけ凶暴だったりするのは、この育種観がなく欠点も溺愛ぎみなのに加え、いつも鎖につないで縛りきってるので少しの刺激でも神経症のごとく吼えたり暴れて抑圧を解消したがってるというところもあるみたいだ。

 こういう知識からいうと、放し飼い禁忌で日本の犬、というかこのへんの血統種がヨーロッパの優秀な犬に勝る能力を得るのはむずかしいのでないか? やはり環境というものがある。馬はいるかもしれないがきたいば犬というのはしらない。それはそうだ。優秀な犬を愛護する考え方がなく、厄介者あつかいなのだから犬としてはめぐまれない。

あるときボクはすてられた犬を見た。その少年犬はひどく傷ついたらしく、しばらくみてから去ろうとするとキャンキャンと泣き叫んで向こうにいる少年グループへと次のあるじ候補を求めに走った。ああいう犬をみているとこのあたりの犬は感情の繊細さがあるのかなと思う。そういう品種を育種しようとすればできるだろう。
で、それには大人しく、ききわけがよく、へたに噛み付いたり叫びまわったりしない血統書つきの交配を厳しい目でつづけていけば、このあたりの市民性の中でいまよりは幸福にくらす未来像がひらけるのではないだろうか。なにもわるさをしたくて糞をしまくるのではない。それが野生犬というものだ。どこで排泄すべきかを教えるのも飼い主と訓練家のしごとだ。

西洋の幸せな犬に比べると、あの捨て子犬と看板のつめたい文句はきたいば市民が無責任なばかりか犬への真の愛情、『より優等な血統へ育て上げる』という思想が欠けているあかしに思う。だが犬を粗末にする者は犬からも粗末にされるわけだ。狂犬病対策とかすらされていない猛犬がうろちょろしてるなら鎖は必須だが、飼い主の責任にすぎない糞放置で即放し飼い禁止もちょっと過酷すぎる気がした。

まふゆの大爆発

まわりがどう思ってるかしらないが、某有名旅館でまふゆの海へはなびをぶちあげるというしたたかなのかまぬけなのかなカン違いサービスをやっているのは、海岸にすんでいるすべてのいきものが知っている。というのは、日本の静寂にみちた行く年来る年のほか除夜の鐘しかきこえないはずお正月に爆弾おっことしたみたいな大きな爆発音が心臓縮み上がらせるほどまちじゅうに響き渡るのだから。

お年寄りはびっくらこいてこの世から出て行きかねない。まじめに。

 某有名旅館は違法じゃないもん、というかもしれないが、騒音は騒音規制法でしばることができる。市議会議員やその他としてあれは今後も放置するつもりなのだろうか? それともときたまあらわれる暴走虫を駆除するよりは後手にまわしたいのだろうか?

海の轟きどころか爆発音にしかきこえない騒音をまふゆの透き通った空気へひびきわたらせるかわりに、どっかトウキョウあたりからきた一見観光客どものいっときの余興に市民の心拍数を浪費させたいのだろうか? トウキョウとなどかかわればかかわるほどわるくなる。なにしろもと穢土だ。