2011年3月2日

常磐線のながめ

常磐線はとても長い車両編成のときがあり、しかし車内へは車掌室への連絡の装置(たとえばエレベーター内とかについてる緊急電話みたいなやつ)がない。
 それは設計でかえられる点なので、できるだけ近い将来に改良すべきではないだろうか。

最近は県南圏での乗車率があがってきたからか、昔のボックス席つき車両があまりない。水戸以北ではそのほうが景色もみられて、落ち着けるからいい(とある人は少なからずおもってるはずな)のだけど。

 それと、こないだ夜9時にたまたま日立駅にいたら、三人の軽薄な服装をした若い女がぎゃーぎゃーダッシュして土浦行きの電車へ向かってたみたいだったが、ひとは見かけによらないとして、あいつらはどこへ行ったのだろう? 帰って寝ろ。

より高い道徳状態からは社会での法的とりしまりの必要性が削減できる(いわゆる徳治政が訪れる)ので、科学が決定的に進むのはそういう場合だけ。
『文明の進歩には徳治場が前提』。
法違反者らとかいう最低の連中に構わねばならないときおちついて勉強などしてられるはずがない。学校内をおもいかえしてみればわかることだろうけど、社会の時空間としても同じだ。
 乱れた風紀は亜熱帯に住んでいた人種が死亡率の高さからうみだした苦肉の策(つまり免疫力のたかい雄への傾斜配分の理)だったのだろうが、現代文明では公害でしかない。より文明化の進んだ世界では、いかなる過剰接客業も極悪犯罪でしかないに違いない。

東京にのまれてはいけない。統計をとってみればわかるが、東京都のエイズ罹患率などは異常な値であり、風紀が日本で最も乱れた場所だからそっちに染まると社会そのものが救いようがなく荒廃してしまうだろう。とかく現況でいっても水戸へ着くべきだ。話はそれから始まる。