2015年11月26日

茨城商業道徳論

 できる限り負ける。つまりできる限り流通差額をとらずに、良い品を提供する。

2015年11月25日

茨城麦転作構想

 減反による休耕田は徐々に麦へ転作し、朝食がほぼパン食の関西人、西日本へ売る事が望ましい。さらに日本産としてパン食の欧米圏へも輸出する事が望ましい。

2015年11月23日

茨城四職体験教育

 士農工商の四職すべてを体験学習できることが、茨城県の教育の為に望ましい。おおまかに四職を体験することで、東京や関西では顕著な地方蔑視の原因すなわち職業差別をうちけし、別の職の地域への尊敬の念をももたせるべきである。
 また、茨城の社会そのもので、おもたる4職、第一次~第三次産業ならびに公務を適度にバランスさせることが望ましい。どれかの職に社会全体が傾くと、東京や関西、西日本といった都市圏で顕著な他の地域への蔑視が生まれるからだ。

2015年11月21日

極悪東京愚民の炎上商法パターン分析

極悪東京愚民の捏造・炎上・冤罪・偏見での炎上商法パターン
1.東京都民の発言を他県のせいに無理やり捻じ曲げて集団虐待する
2.言論の自由を封殺する
3.集団心理を乱用し虚偽を堂々と広める
4.地方蔑視の為にあらゆる確証偏見を悪用する
5.捏造マスメディアを恣意的に引用しひたすら知らない地方を集団で蔑視する


2015年11月20日

出産権についての県議の結論

 遺伝多様性と遺伝選択性の中間は、自然淘汰性である。文化的最低限度の生活保障以外は無用の沙汰。産むも産まぬも親の自由、よって茨城県知事は正しい。長谷川の問題提起は揚棄された。そもそも中絶を禁じたのはユダヤ教徒の選民思想のゆえ。よって非ユダヤ教徒並びにユダヤ教の後発キリスト教派閥にとっての信仰のみに仮託すべき県政にあらず。全宗派に門戸を開け中絶可能性も認知すべし。


2015年11月18日

魅力度対策

 穏当に考えて、西日本に茨城=つくばであると知らしめれば魅力度の数値があがる、ということになる。

2015年11月15日

宣伝方針

 西で知られるべからず、北で知られるべし。西日本は民度が低いので、儒学水戸学の恩恵からステルス化されている現状の茨城でよい。

2015年11月14日

「クズ人間・田中章雄の総合ブランド研究所による魅力度調査はクソランク」


 以下の記述でわかることは、「田中章雄の総合ブランド研究所による魅力度調査はクソランク」であり、まったく意味内容がなく、西日本人の無知を表現したものだったにすぎない、というものである。クソランクである以上無視が最良だ。あたまのわるい、田中糞爺の炎上商法にすぎない。
 他人の魅力、他県のよさをしらない西日本人がクズなだけで、クズ人間にわざわざ対応する価値は皆無だったのだ。

茨城県(47位) 地域資源豊富だが、3年連続最下位に

「常陸の国は国広く、山も遥かに田畑は肥え、広野の拓けた良き国である――」

奈良時代に編さんされた常陸国風土記に記されたこの内容は、茨城県がとても豊かな県であることを物語っている。人口約300万人、日立市など県北部や鹿嶋市などの臨海部は工業が盛んで、製品出荷額は全国8位。一方、農業産出額は北海道に次ぐ2位で、メロンなど出荷額が1位の品目は数多い。沖合は黒潮と親潮の合流による優良な魚場で、漁獲高は7位だ。

しかも、鉄道も道路による交通の便もよいため、これまで人口も増え、商品も売れて豊かさを享受してきた。実際、一人当たりの県民所得は全国5位と高い。 ところが、豊かであることとは裏腹に、ブランドイメージはあまり高くはなく、魅力度ランキングでは3年連続の最下位となってしまった。しかも2012年以降は魅力度の点数自体が低下しており、由々しき事態だ。

◆最下位脱出のカギは西日本

茨城県の魅力度最下位のニュースは多くのテレビや新聞などで取り上げられ、バラエティ番組などで茨城県出身のタレントや議員などが、イメージが低い原因やイメージアップの方策について意見を出し合い、盛り上がっている。インターネット上では「最下位であることが誇り」などという開き直った発言もある。県は「なめんなよ・いばらき県」と銘打ったキャンペーンを展開し、イメージ向上に真剣に取り組んでいる。

それでも茨城県の魅力度は47位の座から脱出することはできていないわけだが、脱出の可能性はないのだろうか?

実は茨城県の魅力度を分析してみると、関東居住者による魅力度は38位と決して低くはないことに気づく。しかも前年の42位より上がっている。つまり、前出のような茨城県の努力は、関東地方では報われていることになる。ところが近畿、中四国、九州の居住者からの評価はいずれも最下位だ。つまり、茨城ブランドの弱点は西日本に茨城県の魅力が伝わっていないことである。

確かに北関東はいずれも東京など首都圏から距離が近く、交通の便が良いことを武器にこれまで発展してきた。しかし、これは西日本からすれば、魅力にはつながらないということになる。茨城県が最下位脱出するカギは西日本の攻略にあるのではないか。

◆つくば市はIT・先端技術で全国1位!

最大の課題は、茨城県に突出した魅力がないということだ。茨城県には300万人もの人口がいるが、実は人口が30万人を超えている都市がひとつもない。同様に、茨城県にある市町村のうち、魅力度ランキングで全国順位が100位以内のものがひとつもない。

県内の市町村で最も魅力度が高いのはつくば市だが、その順位は全国171位。また県庁所在地である水戸市は197位だ。つまり、茨城県のイメージを牽引するような都市や市町村がないことが、茨城県のイメージを弱くしていることになる。

もちろん、茨城県内には、魅力的な市町村がある。その候補の最先端は「つくば」だ。つくば市は「ITや先端技術」のイメージでは全国1位で、「学術・芸術」でも2位、「教育・子育て」でも9位と非常に高い評価を得ている。つまり、この強いイメージを茨城県のイメージとして打ち出すことができれば、「茨城=IT・先端技術」のイメージが構築できて茨城県のイメージも高まるという図式だ。

しかし、残念ながら現時点ではその高いイメージを茨城県のイメージとしては十分には定着・活用できているとは言えない。茨城県の「ITや先端技術」のイメージは全国5位で、「学術・芸術」のイメージは7位だ。ブランドの定説でいえば、柳の下にどじょうは3匹まで。つまり、イメージで全国3位までに入らなければ、そのイメージが全体のイメージを引っ張り上げるだけのパワーは生まれない。

また、茨城県内にあるその他の市町村も、IT・先端技術のイメージを連携・活用することが十分にはできていない。つまり、つくば市の周辺市町村が束になってITや先端技術、教育などの、つくば市の持つイメージを使った活性化戦略を打ち出すべきだろう。

つくば市の周辺市町村が束になってITや先端技術、教育などの、つくば市の持つイメージを使った活性化戦略を打ち出すべきだろう。目立った魅力がないのなら、隣の市の魅力に便乗するべきだ。同様につくば市も周辺市町村のイメージや資源を活用すれば、相乗効果を発揮して食や文化などのイメージが高まり、つくば市の魅力度ももっと高くなるはずである。

これは水戸市や土浦市、日立市、鹿嶋市にも同じことが言える。周辺の市町村を巻き込んだ広域連携で思い切った戦略をとることこそが茨城県のイメージアップにつながるだろう。

◆茨城県の主な指標(カッコ内は2014年の結果) △は上昇したもの

  • 認知度      39位(31位)
  • 魅力度      47位(47位)
  • 情報接触度   41位(31位)
  • 観光意欲度   47位(47位)
  • 居住意欲度   34位(38位)△
  • 産品購入意欲度 46位(-)
  • 愛着度      44位(41位)

地域ブランド調査の結果は http://tiiki.jp/news/survey2015 のページに掲載)

執筆・文責:田中章雄 (ブランド総合研究所社長)

(※この記事は、週刊ダイヤモンド2015年10月24日号に掲載したの記事を、筆者が加筆・修正したものです週刊ダイヤモンドの「勝手にケンミン創生計画」はコチラをご覧ください)




2015年11月13日

水戸学講座による衆愚よけ

 衆愚は高尚な話をすると逃げるものだから、東京・神奈川・大阪・名古屋・福岡といった人口過密地域で水戸学講座をひらき、可能なだけ高尚な哲学を啓蒙していくのがいい。

極悪人田中章雄と悪しき東京利権の偏向魅力度報道による炎上商法を、被害者の茨城県民がいかに逆利用するかについての先10年の方略

 現状の茨城県にとって最大の有害性は東京都民の偏見報道である。天皇、マスコミ、政府、人口、金の利権構造によって、東京都民は他県民をあらゆる悪意で貶めている。さらにこの暴力で金儲けをしているのが、総合ブランド研究所の極悪人・田中章雄であるということができる。田中章雄は偏向統計、主観的報道の捏造によって、およそ自らの東京以外のどこかの自治体を虐めその炎上商法で大もうけをしている。成るほどこの極悪人は有害性しかなく、ろくな死に方をしないばかりかいずれ誰かによって訴訟され敗退するだろう。
 しかし、茨城県にとって、愛郷的な義士浪人によってこの田中を安易に殺してしまうより、生殺し、つまり生け捕りに利用する方が価値があるといえる。すなわち正義の茨城が悪の東京を攻め滅ぼす大義名分を得る為の、誹謗中傷・侮辱・地方虐めの原因とみなして悪徳罪人田中章雄を徹底して泳がせ、死ぬまで過酷に利用するべきだ。
 極悪人田中章雄を放置すれば常に国内47都道府県のうちどこかをマスコミスクラムで炎上させ金儲けするのであるから、これを見咎め、原発による被害を盾に徹底的に悪の東京を叩く。こうして都知事、首相、天皇の3者を国民虐めの主体として順に叩いて回り、東京都民の利権連鎖による報道権力の腐敗を鋭く利用する。「極悪東京はいじめっ子」を合言葉に、茨城県民が「虐げられる正義の茨城」として善良かつ勇敢な犠牲者代表の振る舞いを覚え、その既往の武士気質を生かして、悪しき東京2政府滅亡そして水戸遷都の計画を着実に実行させていくのがよい。具体的には東京都庁の解体、23区へ自治権の委譲を要求し、日本政府に関しては解散させる。天皇には象徴の地位を失わせ、徳川家を見舞い一般国民と同列にさせる。そして慶喜の志向していた共和体制にさかのぼる、全国知事会議を主とした共和政の新政府を水戸に建設する。基本路線は福島県という縁の深い隣県が暴利東京の犠牲になった事をあげつらいながら、現に関東地方の他自治体も東京の邪悪な偏見報道の被害にあってきている災厄、そして原発による青森、新潟、茨城その周囲の大きな負担と利己的で非人道な都民による棄民的悪意悪業を指摘、あらゆる現代日本の失敗と損失について悪しき東京都民に原因を帰しながら相手が滅び去るまで徹底復讐する。栃木福島地域に関しては火山の影響をあげ茨城の補佐とさせ、愛知岐阜地域についてはトヨタ自動車との癒着可能性をあげて商業主義からの離別を述べ2025年までに水戸遷都の実行に移るべきだ。


2015年11月11日

茨城の理想

 茨城県が他の都道府県と比較してどう、という相対指標ではなく、県民と県自身が昨年、昨日、今日一日と比べてどう成長できたか、という絶対指標でその進捗を観察するがいい。他の評価は他の基準でつくられている以上、その指標を作る人の利害で占められている。茨城県民が東京都民や他の道府県民の評価指標に合致しているかどうかを気にする必要はない。逆に、外部から何らかの違和感のある点で評価されている状態は、それが自己評価とずれている限り、優れた状態とはいいがたい。茨城県が茨城県である、という事自体は、その時点ですでに最高の価値なのである。いいかえると、茨城県の理想とする姿は、必ず、他都道府県がそう思う姿ではないのだ。おそらく、東京都民、あるいは他の日本国民、そしてオリエンタリズムのまなざしから日本にくわしくない外国人は、国内で京都府を理想視している層が多いかもしれない。しかし茨城県がめざす社会は京都とはまったく違う社会なのだ。いうまでもないことだが、東京都とも違う。北海道とも沖縄とも違う。茨城県は茨城県らしくあることが目的なのであり、すでにそれは実現されている。
 我々が理想化している理想国の姿は常陸国の時代から、他県民、他国民のうかがい知れない世界であり、現実にわれわれの世界がそうであるよう、すでに部分的に達成されている。それは繊細な自然の中にあるくらしであり、未来をみることのできる場所かもしれない。永久の安定した自治体制であり、最上の君主の最善の徳政による最高度の福祉の達成かもしれない。あるいは外部の影響を受けない独立性かもしれない。美しい芸術とともにある平和や、善意ある勇敢な防衛による誇りかもしれない。豊かな農作物、発展した産業のさらなる合理化かもしれない。だが、これらの理想の部分のどれ1つとっても、他者とは相容れないものだ。
 人は他の評価基準と重なる点において偶然に評価されるものである。しかし他の評価基準も当然変わり、それは他人の人生範囲でみた自己中心的な視座でつくられているものにすぎない。したがって、この偶然的評価、つまり他者評価に基準をおくかぎり、その人が自分自身を自分自身が最高の幸福を得る方に向上させる事はできない。幸福追求権とはとりもなおさず、自己評価の基準を他に優先させる判断である。


2015年11月10日

茨城美男戦略

 観光客において、男性客と女性客では女性客の方が悪さをする確率がはるかに少ない。さらに女性は買い物をする傾向もある。この為、茨城県の観光誘致においては、全世界から女性客をよびこむべきである。それには茨城出身の美男子タレントとして三浦春馬氏を起用、また、アイドルグループとして茨城美男を宣伝部隊として徹底的に集め、鍛え、また最大限に活用することが最大の効果をもつだろう。県産商品パッケージについて商標権上、茨城美男の利用を県商工会が認めることが必要である。

2015年11月6日

茨城遷都論

 茨城水戸を政治都市として首都にし、商業都市としての東京と分離する事が、現代日本の諸問題を解決する最善の道である。その際には、薩長土肥や天皇家のもってきたアジア侵略主義や欧米崇拝と決別し、岡倉からひく汎アジア主義、徳川からひく独立平和外交を基礎とした新体制へ完全に移行しなければならない。この際の天皇家のとりあつかいは、市井に独立行政法人としておりてもらうこと、つまり国民化、平民化が最上である。徳川家を侵略した天皇もまた、真摯な反省にもとづき一人の国民として再出発し、国政国税に寄生する立場をあらためねばならない。
 栃木福島地域にくらべ、茨城水戸地域は火山の影響が低く、かつ水戸市の建物高さ制限のために人口過密問題からもはなれることができる。愛知岐阜地域はトヨタ自動車や名古屋市政、愛知県政との癒着によって、商業主義政治に再び傾く危険性が高いため候補からはずすべきである。遷都の根本義は政治都市の商業都市からの分離である。関西商業圏、京阪神を含む一帯も、旧来の商業風土が残存している限り不似合いである。福島とのつながりがつよく、かつ、従来の愛民的政治ないし農工主義的風土が存在する水戸が最適ということができる。この目標を体よく達成するために、茨城政治界の諸士は中央政界で盛んに活動、2020年までにおおまかな計画を実現の途につけねばならない。


2015年11月5日

県北芸術祭の地場産業性

 県北芸術祭は、なぜ地元で生まれ育った県民側のアーティストで構成しないのかがまったくわからない。凄まじい経済的困窮の中で発表の機会も、まっとうな芸術を要する公共的仕事も与えられず、必死に周囲の無理解と東京からの誹謗中傷にたえている地元の作家が哀れでならない。なぜ、よりによって東京の、と言っても西日本からの移民の、チャラチャラしたろくでもない芸術家もどき達に、貴重な県民自身の税金をやらねばならないのか。我々に残るものは何もない。東京人は自己中心の中華思想に染まった極悪金権独裁集団であるから、何をしてやっても関わる限り、ひたすら侮辱されるだけである。一銭も極悪非道の東京都民に搾取されない事。これが県政の要でなければならないはずだ。森ビルなどは不動産業で莫大な資産を有しているのであるから、県政と癒着していいことなどたった1つたりともない。マイナスしかない。
 要するに、東京民は最初から商売人集団で、搾取を旨とした根源的極悪人でしかないのである。その様な悪人を使ったところで、善意の県民の側が極悪東京民から売名と利権独占に濫用され、ただただ搾取されるだけの結果になる。
 重要なのは、地元出身で地元で頑張っている無名のアーティスト達に、重要な公共の仕事を任せていく事なのだ。他人を使わない事。地元人で行う事。それが文化なのである。