2012年3月30日

社会学

 人類の社会でのありかたは、結局「幸福」をめざしているとおもわれる。
 幸福の定義はさまざまあるが、基本的には経済性といっていいかもしれない。どんな経済がいとなまれるか、はそのばでくらす人々の教養度によっている。一切の学問や芸術は、この教養度をおぎなうためにある。

 幸福はもとめとあたえ、つまり需要と供給の輪で説明できるとすれば、金銭を媒介とするかどうかにかかわらず、このもとめにこたえたあたえがあるほどそのばでくらす個性の欲求がみたされ、幸福感がえられる、というしくみ。これが社会というもの。
 だから、社会学には政治や経済や歴史とさまざまな分野があるが、根本としては経済の程度を問うものではないだろうか。政治行動はときどき、これをこえて戦争ということをこころみる。侵略や略奪によって領土を拡大したり、それによってさらに市場からえられる調整税の膨張につとめるといった。
しかし、アリストテレスやプラトンまでさかのぼると、この政治というものは実際には市場の防衛役でしかないのだろう。防衛をこえて帝国の拡大をこころみるばあいは市場がひろがったりせばまったりするが、個々の人類の属したがわによって滅亡したり攻防の際に心理的傷害を負ったり賠償をしたりするが、単に市場規模のひろがりの問題でしかないだろう。

 この視野にたつと、人類はどうまちを築くかどういちを作るかという面できわめてながく試行錯誤してきたとわたしにはおもえる。人類史の全体がそうなのかもしれない。

 市場には量的なおおきさとみれば、現在でいう共通貨幣のとりひき高が一応のはかりになる。しかし、この貨幣価値に換算できないかしにくいその外でのやりとりもあるから厳密にはいえないが。
 ところで、市場には量のほかに、質というものがあるかもしれない。わたしがいまここで説明したいのは、この市場の質の問題だ。取引高の問題ではなく、市場にはやりとりされるもとめとあたえのあいだに、単なる通貨価値ではない単位がある。この単位は上にのべたことばでいえば単に教養といえるかもしれない。
 おそらく、根本的にはこの教養の程度は、個々人単位のGNIに還元されるかもしれない。だれであれ、かしこい個人はそうでない個人よりも、経済的にくらすはずだ。Microにみればちがうことがおおいかもしれないが、macroにみればほぼ、この教養の程度がそのまま市場の質。かつその集積具合によって量的経済性も上下する。

 この理論をみると、つまり、人類がめざしているのは教養の高い類いの量的にも大きな市場ではないだろうか。
 不思議なことに、こうやってできたある時代の帝国はなんらかの要因で解散してしまう。無限に膨張した帝国はいままでなかった。だから、おそらく実際の道徳としていいえるのは「中庸の大きさ」の市場がもっとも理想的なのかもしれない。教養の程度というのは、一般に無教養の生態にくらべてかなりのむずかしい成長過程を個々にしいる。それは現生人類の本能にはかなりさからうばあいもおおいかもしれなかった。
だから、きわめて広範に全員が一様にたかい教養をえるということは、群れの本性としての形質や行動のばらつきからいってもありえない。教育過程でも偏差値が出現してくるのは個々人が学術にどれだけ秀でるかに生前生後の差があるから。
 すなわち、のぞましい人生とは、この極端な拡大路線によってほろびに転じる大帝国ではなく、かといって無教養の不経済な人間のあつまりでもなく、それらの調度よい具合の中間にあってしかも外部の社会との程よい市場をたもっている様なくにのつくり映えだろう。
 原則としてはごく高い教養の成員が大量に集積した理想国家を想定しがちだが、現実にこういう場所は歴史上にいくつか帝国の中心としてあったことがあるが、一定期間をへると消失してしまうらしい。現在、イギリス帝国、ローマ帝国、中華帝国、エジプト帝国、あるいは日本国内では奈良、京都、鎌倉といった時勢の移り変わりで古びることになった帝国の残りをみると一か所の過剰によってかえって中心が移る、という歴史現象がある様にみえる。ほかの生物でいう生態異常による大移動があるのかもしれない。結論をいうと、この経済性の過剰としての帝国の盛衰はそこで生み出されたなんらかの文化をひろく伝播させるのとひきかえに、永続できずほろびてしまう系なのだったろう。

 だから、ありたい社会とはこの経済の帝国化にも至らないが、かといって人後におちる話にならない小さく質のひくい市場でもない、ある中庸さをもった程々の規模の市場を、教養をあたえ得る程度や域内の相対的な人口をうまく調節しながら維持していくことなのだ。
そういうとき、みずからの文化もそれなりにひろがり、生命もたもたれ、歴史上に名をあらわしながらわる目立ちすることもなく、うまく人類という一筋縄ではいかない世間ずれしたずるがしこい者たちのなかでも、都合よく苦にもされず生存していけるはずだ。

2012年3月22日

Mega solarのおわり

http://www.anlyznews.com/2012/03/blog-post_21.html
http://megalodon.jp/2012-0322-1143-06/www.anlyznews.com/2012/03/blog-post_21.html


2012年3月21日水曜日
あっさり明確になったメガ・ソーラーの終焉

太陽光発電所の建設で旗をふっていた孫正義氏が「(FITの買い取り価格を)40円を下回った場合、自治体が要望した二百数十カ所のほとんどで事業を断念せざるをえない」と言い出したようだ(SankeiBiz)。再生可能エネルギーに熱心であったドイツ政府も買取価格を?0.2443(約27円)/kWhに下げており、40円/kWhはかなり高い。

追記(2012/03/21 13:01):2013年からは全量買取も廃止される(電気新聞)。
1. パネル価格の下落はコストに影響なし?

再生可能エネルギーのコスト構造を見ると、大半は固定費用と言うか初期設備投資に依存する。太陽光パネルの価格が重要になるわけだが、実際はパネル価格は下がっている。中国サンテックパワーが安売り攻勢を仕掛けており、価格下落で米ソリンドラとエバーグリーン・ソーラーは経営破綻に追い込まれた(Newsweek、BusinessWire)。国内のモジュール価格に大きな変化は無いが、調達価格等算定委員会が孫氏の言い分を飲む可能性は少ないであろう。
2. 強気の将来予測と弱気の収益計画

以前に孫氏率いる自然エネルギー協議会の資料を検討したことがあるのだが、コスト分析、賦存量分析、需要追随度分析、出力変動分析、生産量予測の点で、説得力の無いものであった。特にコスト分析に関しては、技術進歩による将来性があるのであれば買取価格を低く買取期間を短くできるはずだが、20年間40円/kWhを保証しろと言うのは将来性が無いと言っているようなものだ。孫氏も将来性など無いと思っているのかも知れない。
3. 去るものを追わない心の広さが必要

調達価格等算定委員会がドイツのFITの失敗事例を意識していれば、30円/kWh程度の買取価格を提示すると思われる。そして孫正義氏は政府の無能を非難しつつ、メガソーラー事業から撤退する。残念に思う人は、太陽光発電所の一週間を見てから、メガソーラーが本当に必要なのか考えた方が良い。浮体式洋上風力発電などと比較して、ずっと見込みが低い技術だ。

孫正義氏がこのビジネスから離脱する事になっても、特に非難にはあたらないと思う。企業家はルール内で収益を上げることが指名であって、ルール違反をしたわけではない。この手の産業政策は、乗って来る人がいないと何も成立しないものだ。問題は、どのような政策を立案するかだ。

2012年3月13日

放射能の蓄積加減

http://mainichi.jp/select/jiken/news/20120313k0000e040167000c.html

福島原発事故:放射性物質蓄積範囲をチェルノブイリと比較

 文部科学省は13日、東京電力福島第1原発事故で生じたセシウム137の土壌への蓄積分布を、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故(86年)と比較した結果を公表した。福島事故の影響範囲は、チェルノブイリ事故の8分の1程度だった。

 チェルノブイリ事故では1平方メートル当たり1480キロベクレル以上の高濃度地域が、原発から半径30キロ圏内と、北北東160~250キロ圏内に分布。福島事故では最も遠いのが北西32.5キロの浪江町だった。

 同40キロベクレルの低濃度地域は、チェルノブイリ事故では1700キロのノルウェーまで達した。福島事故では同30キロベクレルの地域が、遠いところでも千葉県柏市など250キロ圏内だった。分布面積は比較できていない。【野田武】

毎日新聞 2012年3月13日 13時01分

2012年3月9日

偶像崇拝の国家でそれをさけること

 偶像崇拝を平気でする国民、だからといってこの市内でもしていいですとはおもわない。すべきではないのだ。具体的にいうと、市報のすみかなんかにのってたけど気色悪い鮟鱇の擬人化漫画みたいのに名前を考えてね! とかかいてあった。なぜそんな馬鹿げたことを大の大人がさせているのだろうか。

 偶像崇拝が悪徳なわけは、「ありもしないものをおがませる」から。子がその擬人化にだまされやすいというのをみればわかるが、悪徳だ。ありもしない生き物を勝手に想定して、それをかわいがらせる。わるふざけというしかない。

甲状腺の数値

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120309-00000176-jij-soci

甲状腺被ばく最大87ミリシーベルト=福島で65人調査―弘前大

時事通信 3月9日(金)18時50分配信
 東京電力福島第1原発事故の1カ月後、福島県の0歳から80代の住民65人の甲状腺を調べたところ、50人から放射性ヨウ素が検出されたと、弘前大(青森県弘前市)の調査チームが9日、発表した。最大値は同県浪江町の成人で、87ミリシーベルトだった。
 調査は昨年4月11~16日、浪江町の住民17人と、原発のある沿岸部から福島市内に避難した48人を対象に実施。事故翌日の3月12日にヨウ素を吸入したと仮定し、半減期を考慮して4月の実測値を補正、推計した。 

市の方向性へ忠告

普通にいって、一市民の自分の意見でしかないが、でかい工場とかばんばんつくりたがるのとかどうかとおもうしやめてほしい。市民のくらしの質がよくなるのとはまったく関係ないしどちらかといえばわるくなるから。

 ひとことでいうと、芸術・(そのなかでも特定の文物をあつめたりつくったりひろめたりする集散機能なわけだが)学問とか、いわゆる学術教育機能の向上に行政のうえのほうのひとも市のなかでつとめてほしいと自分はおもう。具体的にいえば、最低でも図書館機能の充実、できたら大学の建設につかってほしい。

 なぜ自然がとくべつ綺麗なところに、つまり風趣地区にわざわざ自然破壊させる工場を誘致したいかがわからない。漁業者を吸収する雇用ということだろうか。それならそれでもっと重点的に漁業団体の構成員にだけ直接の資金助成と起業のための投資すべきだ。かれらが自力でたちあがれることがのぞましいのであって、どこかの大企業のつかいすて労働者におとすことではない。
 よかれとおもって協議されてるのかもしれないけど、どちらかといえば、無理に人口をふやして税収がっぽりもうけたいとかいうちょっとどうかなかんがえがその工場誘致の根っこにあるのではないか。これがわたくし企業ではなく、公共事業を営んでいる地方政府からみた、福祉への勘違いであることをカンタンに説明する。
この日誌でもたびたびくりかえしてきたが、もっともありえる既存の経済学のことばでいえば「人口扶養力」、つまり人口あたり所得とか、またこの日誌でいうGDPに換算されない種類の奉仕度とみた磯原指標(定義はhttp://kamomenome.exblog.jp/12729539/による)のおおきさがその実質のゆたかさなのであって、いわゆる人口の多さがそのまま、ではないのだ。貧しいひとをどれほどふやしても社会の経済性からみた幸福度があがることはない。*1
さらにあらたにつくられたのが工場だったばあいは、既存の自然環境の審美性を普通に破壊させ環境排出物質でよごすので、二重に不幸度をふやす。もしすぐれた建築家や芸術的な設計者などに工場を建設させその周辺住民にとっての美観を整え、働く者にとっての機能を快適にしたとしても、やはり緩和にしかならないだろう。国際分業のなかでくみたてた製品を買うのがわれわれとはかぎらない、という付加価値貿易の流れの素朴な観点をおもえばよい。むしろ設計・開発ないしは営業販売部門といった上流部支配への投機というのならばいまの状況からいってかしこいというだけだ。医薬品のばあいもおなじ。

 こうしてみてくると、行政で協議されている北茨城辺りへの工場誘致というものは「先憂後楽」の真逆を行なおうとしている。はっきりいうと、経済学的な理解のよわさからくる、全体主義からのまちがいなのではないか。得をするのは税収をもうける行政の上層部だけ、ほかの市民は期間労働力として最低賃金で使いすてされるくらいが関の山、すくなくとも50年単位でみれば全員損失をこうむるとおもわれる。

  将来世代のしあわせを真面目にかんがえるなら目先の金儲けなんかどうでもいい。とりあえず不健全な換金してるので違法ぎりぎりの警察利権状態になっているパチンコ潰すなり最低でも単なるゲームセンターとあつかって賭博にならないよう経営改善要求後どかす。そこにさっさと市立大学を、だれもに出入り自由な大規模運動場とともに建設する。
――普通にかんがえて、弘道館と偕楽園の構想というのは一張一弛ということばに象徴されているが総合大学に付属したrecreation機能をもたせた運動場の設置なので、水戸をいわば理想的な大学街にしようとした創設者によるひとつの模範なのだが、そのみぢかにあって至極立派なideaを市は小型であろうとまねればいい。要は将来の為になる学問・芸術の教育関係予算、いわゆる水戸学の風土の後継者として文治政策に投資してくれということ。*2
あるいはくりかえしかいているが、もっとも単純なことでも放送大学の無料放送電波を現にほかの関東圏でもそうなっている様に、日立の電波中継局で地上波へ変換して県北部へ流すのでもいい。
 地方自治体でもこういうことをはっきりめざしてやっている地域もある。巨大で先端的なハイテク文化ホールをおもいきってつくってる山口市とか、美術館や図書館の機能あつめてる金沢市、遺跡に併設させた現代美術館つくった青森の十和田市とか。
どうせ一世紀以内にぜんぶ潰れる工場つくってみましたけど、とか派遣労働で下請けさせられ自然破壊が起こってまた悲しいという結末で庶民にそういう叙情歌がつくられて同情ひきましたけど、って下らないはなしが予測つく。
常磐炭鉱の栄枯盛衰を実際に見たのに無反省力のおさるさんではないとすればだが、自分がいま書いたことにはそれなりの見識、ある道徳があるとかんがえた方がいいとおもう。世代をへてもなお不動なのは定常的な教養レベルでしかない。ほかの資本は人の身に着いていないならば、つまり文化として習性化されていないならばいずれあとかたもなく世を流れてうしなわれてしまうのだ。*3
たとえば、これは現実的にいって、個々人が何を伝えるかとみたとき相続税のある国に続けて住んでいるひとはいくらかのこせるとはいえ家財さえそっくりそのまま次世代まではもちこせないし、生物とみれば遺伝形質しか遺伝しない。いいかえれば、伝えられた交換資本は失われやすかったが文化資本は生きているあいだ決して失われない。

―――
��1 それどころかまえより生活の実質が不幸になってしまう。人口密度の高さなどからくる心理的ストレス、地価の高騰、ほか河川や大気汚染物質の排出などによるさまざまな健康への恵まれなさ、広い土地がないので運動不足に陥りがち、ほかの動物でもみられるが性的異常の発生、交通事情の悪さによる時間や移動手段の費用負担などなど、つまりはくらしの余裕のなさによって。――ちなみにこれらの逆になっていれば、『常陸國風土記』じゃないがというかそのままだが、そこは単位所得あたりの人口比でみてもゆったりしておりすばらしい庭付き一戸建てとか貴族みたいなお屋敷に住み、物価は安く移動も容易でたくわえもあり、一切がすこやかで恵まれておりゆたかといえる。

��2 できたら基礎科学系。芸術系は師弟制よりおしえがたいし、哲学系はそれをやってて工学が遅れると経験的に敗戦しがちなのであとまわし。医学とか薬学は付属病院で稼ぎ手になりやすいからできたらあった方がいい。

��3  なお政経的に巨視すると貿易で富んでいる国が富みつづけたことはないが、よく産業革命が起きた国が自力で繁栄した、というのは通常みられる。だから工学と産業なのだが。そしてこの工学の基礎レベルを与えるのがいわゆる科学であって、大学で重点的におしえていくべきところだろう。

2012年3月8日

修学旅行さきの意見

 茨大にうかったとかいう水戸三高だかの女が、韓国留学したいとかほざいてるのを新聞でみたけど、整形大国の中心国いってもまずもって反面教育にしかならんから留学じゃなくて旅行というべきだ。これは自分の私的な意見だから別にみんながそうおもえとはいわないし、日本にきてる韓国へ国籍あるひとや先祖がすんでるとか、混血されたご子息のかたがたがどう感じるにせよ。

 あとおもうのは、実際、いま星中みわたして日本よりすぐれてるnationalityもってるのは戦勝国側だろうし、伝統ある島国だから似てる部分がおおいイギリスへ留学する、ってのが一番あたまがいい。
どうせおなじ労力つかって学業の総まとめしにいくならだけど、県内の高校も、中学なら私立以外はそんなにとおくへいかないんだろうけど、修学旅行イギリス、イングランド周辺のどっかへいったほうがあたまがいい。

 普通にかんがえて、われわれの学校でならう教科の過半は、特に天文・物理・化学・生物といったいわゆる理系の基礎科学は、つまりメイン教科はほとんどイギリスか、ヨーロッパで作られたのをまねしているわけだ。
韓国発祥のものなんかまずない。高校倫理でもすみっこでしか理気二元論とかおしえていない。これは敗戦国の文化が否定されてきたこともあるが、ただの哲学だからかならずしも自然の知識ほどは普遍性がなく、だれもが勉強しといた方がいいとはかんがえられてないからだ。
京都発祥のものだって一部の文芸の古典といおうか、内容は陸でもないものもよくみればおおいのだがいちおう古文なので、国語でやるってのぞけば、すくない。自分の私的意見をいうと、悪影響といおうか乱惰な風習を記録している文面読解での弊害もそれらをおしえてしまっていることには当然あるとおもう。というか、こっちなら水戸学があるってのにわざわざなにを修学しにいくといいたいのだろうか。自分のときもなんにもしらずに行かされたまで、なぜか芸妓なんかみせられたくらいで、いまおもいかえしても吐き気するし、決していくべきではないのだ。自分が冷静におもいかえしてみても、はっきりいってあんな僻地にいまさらいっても今後の青少年の将来的にいって、反面教育にしかならない。特に韓国は、ただ単に表面だけ着飾ったあさはかで低俗なポップカルチャーを一部の芸能プロダクションが商売目的にうりこんできているだけ、いくだけ金をしぼられ、東京よりもっと汚いからおおいに失望するわけで、どうしてもいきたいひとを強制帰還措置まではできないが、特に未成年は理性そだってないから無意識にまねさせてしまいやすく、かかわってもおそらく教育とみれば損害がおおきすぎるだろう。
しかも、これらにくわえて韓国や北朝鮮では戦時中のことをおしえまくっているのであれら薩長藩閥中心ではあったけどとんでもない侵略をした日本人へ、深いレベルでうらみをもっているのを、県内の教育家らは十分かんがえるべきである。

 あえてにほん国内でいえば、最古都だしのんびりしているので奈良なら気が休まって古代王朝におもいをはせられていいのかもしれないけど、交通機関の発達でいえば宿泊学習とかの距離感じゃないか。別に家族でいこうとおもえば、当日いけるのだから。関東圏でいう鎌倉もおそらくおなじことがいえるのではないかとおもう。

 よくできた科学がでてきた地帯はどこか。イギリスか、ドイツ発祥のものがもっともおおく、フランス、イタリア、そしてギリシアやほかのヨーロッパ諸国、北欧あるいはアラビア、インドそして中国などとつづくわけだが、基本的には戦勝国イギリスを公立学校では留学先として決めるべきだ。アメリカは最近すごいがなにせ歴史があさい。近代科学の大成国家はいわゆるUKなのだ。これが真実であり、ニュートン、ダーウィン、ファラデー、ケインズなんかがどうやって勉学していましたか、というのをみてくるだけで偉大な啓発効果が未成年にも引率者にもあるだろう。別に費用とみれば先進国内ならどこにいっても飛行機があるから、そんなにかわらない。物価高が異常になってない普段ならまったくかわらないか、日本が円高ならむしろ国内へいくよりもっと余裕のある贅沢な旅になるくらいだろう。ノーネクタイの詰めえり学生服やツイッギーを歪めすぎたみたいなセーラー服くずしのミニスカートでずらずらいくと「一体あれはなんのジョークだ。東洋人はおかしなことをするな」とおもわれるでしょうから自分たちの普段している、奇形的で恥ずかしい格好もよく理解できる様になるだろう。最後に落ちだけど、大阪府内の教育関係者のかたはこの方針まねないでください。わらわれてしまうからです。

2012年3月6日

評価と才能について

 ノーベル賞権威主義というのは、スウェーデン・アカデミーを他の文化圏より上位におく構えにしらずしらず力をかすかんがえになってしまう。
 むかし、すこし意味あいはちがうがサルトルというひとはこのことを先にいおうとした。しかし、大勢とみればほかの文化圏のひとも、このスウェーデンへのてだすけ、ヨーロッパのかんがえへの礼をはらってきたといえる。

 以前、このweblogをこえて市内のかば氏というひとと電子的に通信して、自分はこのことをつたえようとしたが、どうもかば氏の方は「どうして世界へ羽ばたくのが間違っているのだろうか」とかツイッターでわたしではない他人へいって対話をうちきってしまった。
すこしはなしをつづければ誤解はとけるだろうに。

 まちがいなのではなく、タンジュンにあさはかなのだ。以下はそのことの説明。
全世界で、いのちあるいきものにとって大事なのはその独自さの確保だろう。生態系はさまざまな変異としてほしのすみずみまでその居場所をのばしていった。なぜか。単に、その多様化という方法は生命という宇宙のなかでみられる特別な単位をいきのびさせえたからだ。
 この多様化は、地球が激変していた時代をへても安定してどこかに生命をのこすことができた。もともと一つの生命からこれら一切のいのちの系統樹ができたというのがわれわれの知見だと私はおもうが、この系統樹は枝葉をそれぞれさまざまにのばすほかではいきのびえない。

 だからこそ、ある一定の方向とか、ある一定の偏見からのみこの生命体を剪定してしまうのはかならずしもよい結果にならない(これは、自分がこのjournal上で社会学の文脈上に再三しめす見解として、資本主義経済というかんがえかたがもっている「商業能力」という一方向のみからみた社会淘汰の危険性、あるいは群れに及ぼす結果的な形質の単一化による脆弱さ、絶滅可能性とおなじ構造でもある)。
そうではなく、さまざまな生命があり、そこにもさまざまなしごと、さまざまなくらしとかんがえがあることの方が、いいかえれば多様性が維持される条件であるということの方がとりあえずいまの同類からの評価よりも重大事なのである。
なぜなら、ある変化が環境にあったとき、以前の評価基準がおおはばにかわるというのはわれわれの祖先もふくめ、人類もほかの生命体さえもみなどこかで何度も経験済みだったはずだからだ。
 一定より文化史を勉学した者は潮流やparadigmということばでこの潮目がおおきくかわっていったしわざを目撃してきただろう。それは同時代にしりあった大勢がかれらの仕事をもしどれほど評価していようと、やはりそうだった。われわれの学問というもの、このまなばれるべきとされた文物の体系さえ過去に於いては相当ちがっていたのだから、少なくとも学問史または科学史をしるにおよんでほとんどうたがう者はないだろう。

 このために、世界からの評価という指標は、その世界とやら、つまりほかのにかよった人類のなかまが、なにかどこかがまちがっている可能性がつねにあるかぎりいずれあやういのだ。たとえば現時点でいえば、冒頭に書いたノーベル賞審査委員会が、全地球での学術的権威になりつつある。
しかしやはり、いまかいたことをしればこの世界からの評価とやらがはたして生命の徳であるとはいいきれないことがわかるだろう。それが「多様」でありえるさまざまなしごとの業績を、ほかの世界からの眼差しで一定にちぢめたり型にはめてしまうのが、このほまれとされる人々への大衆からの偶像崇拝じみたもちあげかたを通してみてとれよう。

 各国がわかれているとか、人の肌の色がちがうとか、言葉がさまざまであるとか、得意なしごとがちがうという状況のさまざまさは、そのなかの一定地域からの出現者が「世界に羽ばたいて」結果として大多数からなんらかの評価をうけた一様の型にわかりやすい特徴があるばあいより、その個性に関して状況が変化しても再適応しえる可能性が高いことがわかるだろう。いわば集団行動の規模の程としての個性の属した世界観が、これは家族とか会社とか国とかいろいろな単位があるがその現状や業績やもしくはさまざまな観点からされた評価やその程度に於いても多岐にわたるとき、それら単位が評価された一様性に置いてあるときよりもはるかにすぐれて高適応的とみなせるはずだ。
こうしてみかえせばむしろこの多様性が、まったく「ほかの」世界からは無評価でもなんらかまわないほどだ。なぜならこの系を単純に物理系にまで還元してしまえば、その半開放性の単位にみられる多様系の質こそがかれらの母集合(ある単位Aをふくむ全体集合U)やそれとは逆に補集合(ある単位Aをふくまない全体集合U)との関係性は別に、いいかえれば共生状態にある恒常さの質とは別に本当にもとめられている生命体の独自にもった宇宙へののびかたなのだから。より専門的にくわしくいえばentropy最大の乱雑ではなく、かといって最低の整然でもなく、energyに関しても同様にそれらの情報の出入りにかかわりない恒常さがもっとも多くの状態をたもっているのが理想的だろう。
実際こういういきものの体系を自らうみだす、いいかえればauto poiesisを機能として超越したはたらき、昔ながらのいいかたにしてしまうと神とよべるほど全知全能のなにものかそういう計画的機能主体がこの世にもしいたとして、かれは世界からなんらかの人間がつくる賞によって評価されるだろうか。むしろ世界という場所に住んでいる個々のあたまにかぎりある生命体にとっては理解不能なので、拝むとか畏れるくらいが関の山で同類にくらべては評価しえないのではないか。おなじことは、一般的にはどんな種集団であれその上位者への従事がいるときはどこでもおおかれすくなかれ生じている、といっても過言ではないだろう。
いいかえれば、わずかに同類にとってほしい能力からすぐれている、といった程度の変異がかれら一般的な人類からの評価にかなう、と定義できるだろう。そしておおはばにその水準をこえてとてもではないが到達しえないとき、崇拝され神格化される。またその基準からずれすぎていると、相手にされないかそうするあたいのない変なものとされてしまう。しかし重要なのはこの評価という類人猿などでもされている、おそらく協業のためにはじまったほかの個性への役割分業の作用だけではない。
かりにそれも一つの微妙な平均さからの進歩を達する方法論なのだとしても、本質的にもっと重要なのは、相対的な有能さというより種とそこでの技のもとからの多様化である。
 閑話休題。
 話をさらに簡単にしよう。大多数からの評価をうけるという作用を一般概念にすると、究極でいえばそれは「審美性」をおびやすい。このことばは、最も普通で且つ最もまれな変異のことだとしよう。
この超中庸さは人口やなんらかの変異のなかで、その大多数にとって上述のありたい程度の有能さがもっとも想定されそうな中間性、つまりもっともおおきな評価主体数のもっとも中間の変異であるとき、そうと目されるはずだ。
きわめて世界中に通じやすいことばで、といおうか経済学の用語だけど美人投票という説明がある。これは当人の本来のこのみではなくて、市場でこの変異が美人であると評価されやすいだろうという予想を大多数がつづけることでえらばれるしくみ、というおもに投機市場での銘柄ゲームへつかわれることばだが、これとおなじことが「世界からの評価」にはその世界が無限にひらかれているとすれば必ずはいりこむだろう。そうすると、この評価されるなんらかの人物やそのしわざは、ほかの大多数にとってはもっとも中間さをしめすだけにおわるだろう。
 こうなると、多様化という生命本来の方法論はすたれてしまう。ほとんど評価されないが、激変にたえていけるなんらかのまれな変異は、この美人投票モデルによって社会から淘汰、つまりえらばれずに排除されてしまうかもしれない。
この悪徳が結論にくる確率がたかいので、私は一応市内のひとでなおかつ今のところおなじ国家の成員だから、webを介して通信できる状況にあったかば氏へ以上の内容説明をできるかぎり理解しやすく省略しながら忠告しようとしたわけだ。「多様化をうしなうほど美人投票モデルにしたがう評価社交界にかかわっていけば、やがて環境変化にたえきれず衰亡してしまいますよ」という生命体が経験値としてもっている真理だ。

 こういうわけで、ノーベル賞権威主義も一面ではあやうさをもっている。それはおとろえあるいはほろびなかった帝国が地上に一つもなかったのとおなじ真相なのだろう。ノーベル賞帝国は、過去から類推するかぎりではおそらく永遠ではないのだ。このことはほかの典型的な評価体系でもおなじなのである。いいきれば、重要なのは生命体が、つまり個性がそれ自体として独特であること、そのuniqueさそのものなのであって、なんらかの評価体系の固定化ではなさそうだ。しかしこの評価固定化paradigmにのっているひとびとには独特さの本来の価値はなかなか理解されない。だから啓蒙と説明がいるし、それが個々のかんがえへあたえる因果としての、行動系列の多岐さからきた結果とみた母集合における社会集団の生き残りの割合にさえこの徳のもった範囲はほとんど比例するかもしれない。
これは中華帝国の衰亡をへてきたにもかかわらず、いまだに個性個性へ一様な試験をほどこす、官僚主義を慣習化している科挙の風土としての極東アジア社会にとってはまさに、深刻な社会問題とかんがえられる。

2012年3月2日

岡倉と雨情の共通点

多分岡倉の映画をつくっているとおもうのだけど、きわめて重要と感じるのは、つぎのはなし。
 岡倉は伝説おおいが、息子さんと利根川だかで釣りにでて、釣果があがらずかえるときに、月のかかるしんとしずまりかえった寂然たる風景のなかで河口にむかってふとたちあがり、おもむろにへさきから矢をはるか沖の方に向けてはなったという。
 息子さんはこれをとてもつよい印象として記憶にのこしているらしかった。

 かれの詩情をしめす意味をもつepisodeとされてるけど、おそらくだが、一矢を報いるというおもむきをかれをとりまく自然に対してhumorousに実践でしめしたのではなかったか。
全体とみて、岡倉という人物はこういうところがあった。つまりまるで小さな、平和愛好者の様にみせた無意味そうな行動のなかにかなり深い哲学や皮肉、文明批評を込めている、という性格だ。

 これはいままでの人類史でもどういいあらわせばいいかわからないがきわだった特徴なのだけど、この戦わずして勝つみたいなところにわれわれは感服できるわけだ。かれの仕事が文明界でもっている意義もそこにあるのだろう。
少なくとも、実際にいつうらにちかくてよく行ったりするきたいばらきあたりの市民などは、本気でこれをなんとはなしに肌身で理解しているとはおもう。
またそれは、基本的な通奏低音としてこのあたりの地風といおうか風のならわしのなかに音もなく染み込んでいる感じもする。
ある賢明なゆるしみたいな意識が、さまざまな社会矛盾に向けてつくられている傾向があるとおもう。これは、初めてこの地域にきたひとにとっては「さみしさ」として伝わるものかもしれないが、それにちかいけど、実際にはそれだけではないらしい。むしろことばとしては孤高とか悟り澄ましとか超然とか、仏教語でいう自然ジネン、ありのままであること、天衣無縫という感覚にちかい。

 童心(すなわち漢語でいう赤子の心、国学の語でいうとうまれつきたるままのこころという理念。あるいは英語でいうとgentleとなる生まれ持ったこころのよさ)、にこれをもとめたのだろう雨情というひとも地域に特有でもあるのかもしれない、特徴ある性格をもっている人とみなされているとおもうのだが、そういうこばなしがいくつかある。
けど、かれらはやはり実質上の平和愛好者であったという面ではある程度似ていて、しかもその象徴能力での感化による戦わない勝利をおさめようとした気がする。

 和辻哲郎がmonsoon気候、つまり、季節風のふく風土では自然へ対抗するのではなく、それと調和しようとする意識がはやると分析している(『風土』『倫理学』)。
これを含め、どうもその調和というものを象徴化しようとする意識がきたいばらきの先人にはかなりあるとおもわれる。たとえば、駅。玄関といおうか中心部だから手の込んでるって意味でも磯原なんかわかりやすいが、あきらかに海や山や川、あるいはある深い古風な情趣、童謡の風土なんかを象徴して示そうという意識が市民自身以外のだれにたのまれたでもなく、あらわされていないだろうか。この象徴化の作用が非戦闘的か和平尊重的、もしくは隠されたたとえとしてhumorousに示される、というのがこの地域で生まれ育って感じる、どうもほかにはない性質の特徴だと考える。

ひと昔まえは野原に点在した街道沿いに少しの商店がある農村だったわけで、そこでは水戸藩ならびに常陸國に属する地域だからすこしの郷士がいたらしいとはいえ、基本としては農民のたちを引いていると捉えていい。
そしてこのたちが非戦闘性をおびさせたとして、なおかつ、これは仮説だけど水戸藩士の質実剛健さと自然風土のもっているすばらしい繊細さと結びついて、気質あるいはかたぎのたとえによる象徴化作用らしき性質をもたらしたのではないか。

この作用は独特で、いろんな土地や人々をみてみてもあまりおおくは示されていない。
つよく戦闘性を示すとか逆に自然をあいてどらずそもそもそれを形象にしめさないし意識にもないとか、まったく自然そのものに土着しているとか、風変わりさをおうとか流行に後れまいと気張るとか、さまざまな変異があるが、きたいばらき圏に典型的にみられるたちの自然界との調和の象徴をとうとぶみたいなものはほとんどみあたらない。これははっきりいっていい。どんな観光地でもそういう感じはしない。辛うじて京都の郊外は風雅をめざしていたという意味で少しは近いのかもしれないが、似て非なり。各地のいろんな文化をみていくと、格式張るとか人工物を誇るとか歴史を示すとか自然風景を見るとかそういうものがとてもおおい。意図がそもそもちがっている。
 自分らはそこにいわば適応しているのできづいていないが、当たり前みたいにかたられているこの「自然との調和」をはっきり普遍性のあるすがたかたちにしめす様な性質は実にめずらしい。
六角堂、までいわなくとも山海館なんかあきらかに海につきだしていて普通にかんがえればあぶないわけだが、平気でわれわれはそれをつくったりそのすがたになれている。茜平もあるいは昔のレストランのたてものなんか特にそうだったけど崖に面してあった。いまも思い出せるがそこでは幽谷の趣のなかで、皿うどんなんかをたべられた。いまも直接まどをあけたりしづらいけど、なかばそれに似たつくりにはなっているけど。川床なんか日本各地にあるだろうけど、当然これらでなくとも無数に例をあげられる。たてものの設計思想というだけのはなしでもないとおもう。まわりの自然に親しみを持ってあるいはそれを尊重して行動する、という明らかな風儀がめずらしいわけだ。なるほど、ボコボコ道路や誘致した工場をつくりまくるだれとかさんとか、資本主義にそまりきった団塊の世代の大規模郊外店からの土地買収へ無策なだれとかさんによっていろいろありえないといおうか残念な自然破壊が起きていることは、ずっと地域をみている側にはたしかだけど、それにもかかわらずこういうありのままの風景はやはりそれなりにのこっている。
わかりやすいたとえを引くと、一帯でつばめの営巣がみられるので駅員さんがおそわったでもなくその巣をつくりやすい様な工夫をほどこしているというやさしさとも繊細さとも詩情ともいえない感覚とかは、ここにくらしてるときづかないけど世界的にみても大変にめずらしい。普通はそんなことわざわざしないし、あくまで公共物の構内にくる害鳥とでもおもって、網を張るとか排除かなんかするものなのだ。

 ついていえば、この資質、つまり自然界との象徴的一体化を姿形にあらわすという特別な才能は、自体がきわめて希少価値のたかいものとおもう。人でも仕事でもある。これは、海と山の距離感にもよるのだろうけど、わりと海と山が隣接していない高萩市や日立市までいくと段々と拡散して目に見えてはあらわれなくなっていく特定の資質なのだ。瓶首効果があるのかもしれない。
勿来より北にもこの拡散してしまうということはある程度いえる様で、しかも、おそらくは常陸國水戸藩域ではなかったからだろうけど、高文化への感受性がいくらか低まっていく傾向があるのかもしれない。かたぎさが減る、といってもいい。勿論それはそれでおおらかともいおうか、気楽そうでいいのかもしれないが。
風土も、この海と山が急峻にいりまじったきたいばらきあたりとはそれなりにちがってかなり広い平地のはばがあるので、そこにくらす人々にも厳しさや繊細さが少ない、よくいえばおだやかで目くじらをたてない質がある感じがしている。こまかな変異はあるけど、全般としてみてとるとそういうことだろう。

 とかく、自分が発見しているこの特質、自然界との象徴的一体化を姿形に示す調和の才能はそうといわれなければはっきりとはしないが、たしかにきたいばらき一帯にあるもので、しかもそれはいくらか先人のなかにも生き方や生涯にしみわたっていたりする。勿論なんらまったくそうでないひとが生きていようとまったくもっていいのだが。
 原理としてみると、単にむかしからくらしてる地主もそうだけど、そういう風土や特質をこのむひとが移住や適応して定着しやすいのかもしれない。ごく単純にいうと藝術の才能となるのかもしれないけど。
このばあい、藝というのは原義にならって「うえもの」、つまり植栽や自然界の再制作や配置換えのことでもある。そもそも、artや技とみて人類がしていることも、とある自然界からでてきた(もしくは神からつくられた)動物たちの園づくり、いいかえれば社会とか国家の建造とは自分たちのくらす自然の部分集合としての巣づくりにすぎないのだからこの言い方はただしいとおもう。Polisや村の形成としてのpoiesisや作り事とは、音楽をはじめたてもの一切、政治経済の演劇一切がそのなかでのふるまいだ。人類は0からなにかを作ったりはしない。単に自然のentropy配列をくみかえたり、素材のくみたてを工夫して日々を住みやすくするだけだ。

 ただ、一般に星中へひろがっている人類とこのきたいばらき市民あたりにみられる気質の差というか、よい意味での個性があるなら、われわれは「調和した藝術」をみいだす能力がすぐれているといったところだろう。いろんなものごとがそれを実証していると私はみている。象徴とされるかもめぶっていてさえも。