2011年3月28日

市長批判

『(こういうときに)必要なのは物じゃねえんだ、ハートなんだ』とほざきいつつ、年に1283万円2500円を市民税からふところに仕舞い、しかも再三の注意にもかかわらずどうでもいい映画などという演劇系サブカルへ大金や役人労力を注ごうとし*1、最悪なのは被災一週間はなにも音沙汰をみせず市民を事実放置し、災害に備えろ無駄な票田囲いに娯楽ばらまきをするなかれといつもいつも注意されていたのにまったく機能しなかった江戸レベルの手動半鐘と周知すらされていないし電気がとまりうごかない災害メールしか行政の義務な事前対策をしなかった極悪市長。

さらに無能すぎる証拠。なんと避難拠点である体育館や学校など、耐震補強を市民からの再三の注意にもかかわらず怠りつづけた。だから驚くべき悪徳の程がしれるが、いざとなって我々は避難所に入れなかった。おのれのふところがねとかねもうけ娯楽出費用(シネマクラブ? そんなものに血税をつかうな極悪人が)に税金浪費、さらにそれをつづけようとしている矢先、でいまさら進次郎氏みたいな劇場型の芸能人まがいのチャラ中央おエド政治家にこびだと?

これが一市民の眼からみた「真の現市長の姿」。しかも、市役所へ対応をおねがいしてもわからねーんだよねと門前払いや普段そのままの怠慢低奉仕。いつもだしいざとなっても。いかに無能な部下をそだてている不良行政かわからない。わたくし企業なら即首なのは前提で。
これは本当に本当のことです。市民は決していまの市長を肯定的評価すべきではない。これは長年、この市政や市の展開、そしていまさっきあったまさに行政人の防衛者たる本能や才覚が試される危機に及んでの最終的結論である。あの血統はまったく試験にとおらなかった。完全失格。そういうことだ。

本当なら世襲独裁をふせぐ目的でかれの先祖の銅像もみずから壊すのが道理というもの。それが失政の最終責任感というものではないか。にげおくれた死人や家をなくした人達のまえでおのれだけは中央政治に媚び売りだと?

自分はたまたま助かったが、すでに亡くなっていった犠牲者たる市民のたましいの上で『必要なのはハートなんだ』ですか? 災害ラジオひとつくばれず、ふんぞりかえっていた正真正銘ヤクザの親玉などなにひとつ擁護すべきではない。

だから、このすべてにおいてあやまった判断で、われら市民へ迷惑どころかあしき因縁をかけた小泉jr.もたいした政治家にならない(なれない)だろう。いや、なってはいけない。本当に困るやからだ。親もイラク進攻を事実上間接的にてつだった長いものには巻かれろ式のジャイアニズムな悪玉だったからそれもしかるべきかもしれぬ。だが業はのこる。たとえどんな辺境の地方でも。

参考URL
http://ameblo.jp/koizumi-shinjiro/entry-10842132284.html

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��1 計さらに2億4千万ちかくを市税から娯楽系出費。全面光ケーブルなぞという贅沢品敷設プラス、地震でぼっこわれたという噂らしい(たしかめてはないから真偽不明)あの豪華な映画座席。ありえない。耐震さえされてないおんぼろ避難所群と、字の消えた注意書きの江戸時代レベルの手動半鐘の前で。消防署がすぐ海の傍に置いてある時点で土台おかしい。そういうこと平気でしてくるひとを行政府の長に就ける市民の知力とは鴎なのですか? あ、鴎ではないんですか。