2018年3月12日

和歌山県政の模範点

 和歌山県では、リスク分析付きの避難場所表示、携帯・スマホやデジタルFMを使った災害情報発信、災害時に被災地に派遣する要員を予め任命しておく災害機動支援隊や瓦礫処理システム、芝居でない実践型防災訓練、災害復興計画の事前策定、などを行っていて、世界で唯一地震の実測データを使って全県で津波浸水予測ができるという。
 更に、和歌山県知事の仁坂吉伸氏は『稲むらの火』の説話にみられる濱口梧陵の行動から学んでいると思われるのだが、すなわち津波来襲後に自らの畑の藁を燃やし暗闇の中で村人へ避難路を示した史実から(物語のなかでは、津波に気づいた五兵衛が、わざと高台にのぼって稲を燃やした。火事が高台の方でみえたので、火事をとめるため、高台へのぼって来た村人は、しらずしらず津波から守られた、という話から)、仁坂氏も和歌山で予想される津波災害時に、どこまで被害があるかを事前に計画し、その後の復興計画まで立てて災害に備えているという。なぜなら復興に遅れるほど被災前までの回復が不可能になってしまうため、被災後にすぐ県民へ行動の筋道を与えられ、しかも津波によって町の一定の部分が破壊されてしまえば都市計画なども真新しくできる為だという。
 仁坂氏は他に、日本の企業が新卒しか採用しない悪習というべき慣行をもっているため、その時点以後に就業の機会を失ったり、転職者の人々の為の「第二の就活サイクル」を作り、多くの企業や団体に協力を願って新卒就活サイクルの終わる9月の後、10月から2月にかけ、企業等に改めて中途採用の求人を出してもらい、それを集めて宣伝や就職イベントなどをどんどん行って、新卒以外のひとびとが就職を決めやすくしているという。さらに、一度民間企業で働いた元公務員などが再び公務員にもなれるよう、年齢制限などを廃し、中途退職者に就業の機会を与えるとともに、民間の知恵を公務に生かすようにしているという。
 これらの事はそのまま茨城県や北茨城市が習い、真似るべき事だといえるだろう。仁坂氏は名君だといえる。
 茨城や愛知もそうだが、旧徳川の支配地は薩長イデオロギーに染まった東京マスコミから不当な差別を受けたり軽視されたり、偏見で虚報されたりするのが常だが、和歌山も決して例外ではなさそうで、いかに善政徳政を行っても、或いは和歌山県民にとって望ましい内容でも、東京の報道では少しも取り上げられない事を仁坂氏は随筆の中で苦慮しておられた。この憂慮は茨城県が長い間被ってきた、都内からのありとあらゆる偏見虚報についてもほぼ全く同様で、むしろ和歌山の方が東京から遠い分ましであって、我々の場合は直接都内から県知事選のときだけ内政干渉に来て県内自治を破壊し尽くし、その後はケロッと忘れて平気でいる自民党系のテレビ政治屋国会議員だらけという有様である。茨城県がやる事為す事なんでも悪解釈し、善意を悪意で受け取るばかりか、善政を悪政かのように罵っておきながらその茨城県側で行われた政策は、内閣府とか国土交通省とかの日本政府側の事業であったという事が茨城空港の開港、日本原電の東海第一第二原発、筑波学園都市事業以外にも腐るほどある。要するに都民や都内マスコミは正真正銘の馬鹿なわけだが、馬鹿であるのみならず品性は最低級の下賤であるから、都外を天皇だか政府だか大企業だかを後光にした空虚な自己優越感に基づいて完全に無意味に見下す有様であって、この種の衆愚をかかえた東京都知事の苦労が並々ならぬものである事も、恥知らずにも垂れ流す都政の乱れっぷりで全国放送されている。そしてその都民の醜態は、当然ながら、我々の地方自治や日常の平穏な暮らしより遙かに堕落している。簡単にいえば、東京都は既に衆愚政状態なのであって、その事は国政についても同様だ。
 和歌山の様にしっかりとした地方自治を行っている自治体こそ、日本の本位であり、わが県わが市も和歌山県知事の徳政を模範にし、災害から就職までの対策を自発的に十二分に完成させていなければならない。東京や日本政府が何度ぶっ潰れようが、わが県わが市がしっかりした賢民良官のもとで自治領土を守り切っていれば、何の心配もいらない。和歌山県政はその事を教えてくれている好例だ。