2012年7月19日

文化からの性格への影響

 わたしたちのもっている忠誠的で穏健主義な県民性文化は、おそらく県外のひとには大人しすぎるか冷静すぎるのかもしれないが、よい意味でひとつの個性であり特徴だろうともおもう。
 あれほどの大災害でも、避難所でおばあちゃんがひ孫にひとこと注意するくらいのはなしで、ほぼなんの混乱もみられなかったところにくらしてきたのであって、幕末の混沌のさなか最後まで親のいいつけどおり一意恭順の忠義を誓って上官である皇室からの命令、たとえ偽書であろうとその証拠とおもわれるもの(いわゆる倒幕の密勅)にそむかなかった徳川慶喜公が藩内でそだったのもそういう優等生的な性格をもっているひとびとのなかにいたからなのだろう。

この点がどうも、権力とは自分が実権を持って他人をだしぬき異民族をしいたげることであるとでもおもっている東京より西側のひとにはさっぱり理解できないらしい。
 というよりだれもが進化の終点ではなく相互参照をふくめ模倣や学習によって向上へのよりよいみちがひらかれるかぎり、状況が悪化するばかりなので決してみならうべきところとはおもえないが、かれらのもっている他人の長所への卑屈さがおなじ国民を心底立派だとは決してみとめたくないのかもしれない。
はっきりいうが、常陸国水戸藩のことそのものは孝明天皇まではごく重宝していたらしいが、その後の薩長支配による暴政へ迎合して一帯を冷遇されてきたともいえなくはない皇族だってそうかもしれない。実際われわれのもっているたぐいの、平和趣味の心象は想像だにできないはずだ。

 超がつくほど非常に猜疑心がつよく、つねに他人は力ですべての他者をむさぼるものであると感じているひとびとの心地には、特に関西広域連合圏で顕著なわけだが、おそらくは古くから都になったことによる商業主義の文化からの長い期間におよぶ心理作用への影響があるのだろう。
 それにくらべて、わるくいえば俗人には想定したり理解できないほど純粋すぎる、よくいえば高貴である、ほどほどにいえばすくなくともすれていない古典的な農業文化のなかにある茨城県域の世界観では、ひとが無償で忠義の一心から人助けをしたとしてもそれほど不思議にはおもわないわけだ。こうしてかえりみると、かつてまずしい松下幸之助を水戸の人があわれにおもってたすけた、というはなしもあながちつくりばなしではないはずだ。

 むしろ茨城県のひとびとにとっていくらか必要なのは、みずからの優等生的な長所はたもったままで、ずるがしこい重商主義の長所からもおのれにたりないところをならいとることだろう。
それはたとえば徹底的なライバルとの競争心とか、他人の領分さえ奪い取るほどの勝利への執着、ずるがしこいまでにおのれの身をたもつ自らの利益への執着、あるいはこまやかな気立てとか状況をみたたくみな機転、さらには内心とはそむいてでもふりまく愛想といったたくましい商人にみられる文化気質かもしれない。つまりは利にさとい、という『論語』では小人のよくない特徴とされている部分なわけだ。

 ある面からみればこういった特徴がほとんどない、というのは卑俗さからはなれている長所、武士としての教えからはぐくまれた貴族性、君子や紳士としての資質、道徳性ともいえるのだが、というか自分はそうおもって県のありかたを完全にきにいっているわけでおそらく今現在の東京都という大商業地が中心になっている大衆文化のもとで卑俗化しきったあらゆる世相に反してさえ真実そのとおりなのだが、そこにまったくもってたりていない、ほぼ存在していないかむしろさけられているふしすらあるのは「商魂」というものなわけだ。
 というか江戸時代までの世界観・学問観でいえば商業行為は人間界のなすべき仕事で最下等とされてきたわけで、これへの忌避感ににた行動形質が商業主義者から悪意をもって指摘されるとき、いいかえればいわゆる矢野新一による地域ブランド商品を売り込む気のなさ、つまり商売やる気なさへの理由のない侮辱罪、ならびに論旨をすりかえた風説流布罪である魅力といいかたをまったくうらがえしにしたたちのわるい誹謗となる。
もっといえば矢野新一という人物は、東京生まれで横浜育ちというからにはこれは推測だが、大阪商人の血を引く江戸っ子くずれの根っからの商売人かもしれないので、ご自分が一体どれほど破廉恥な風説流布罪で300万人へとんでもない犯行で迷惑かけているかなんてすこしも反省力はないはずなのだ。
 地域名を冠して恥知らずにも商材を売る気のなさ、がどこでどうまちがえれば魅力、という論旨のすりかえによる誹謗罪になるのだろうか。もし矢野新一に偏見的な恣意で調査させれば、商業国民が世界でもっとも魅力的、というはなしになるのだが。

 そもそも、かれのなかにはおのれの利潤を目的として貨幣取引による壟断行為をする商業というものを卑怯で賎しいものとみなす、といった歴史のながい国家で、とある階級が定着していた場所にはどこでもありそうな、貴族道徳のアイデアさえ頭の隅にもない可能性がたかい。
聖書にいわく、「金持ちが救われるよりラクダが針の穴をとおる方が易しい」。これすら、矢野新一には到底あたまのすみにもはいっていないアイデアだ。「君子は義にさとり小人は利にさとる」。いいかえれば矢野新一のあおっている魅力とは小人の特徴である。
キリストみたいな聖人君子を馬鹿にして、横浜(地域ブランド、なぜか言い換え魅力となづけて、きたいばらき出身の素朴な童謡詩人である一創作者の、商標権を侵害したご自慢の、地域ブランド商品ばんばん無断でうりまくっている盗用の横浜)、いってよければ俗悪きわまりないとしかいえない横浜にすんで調子に乗っているおひとなのだ。それはジーザス自身も困惑して当然の相手である。
 かまびすしい喧伝やあからさまな商業行為をいさぎよしとしない伝統的な貴族の風、武士道をそしって、みずからのためだけの銭儲けという利己的で卑しい仕事を意味もなくまねさせようとしている矢野新一だ。重々しらべてみたところ、この「小人鼓を鳴らしてこれを責めて可なり」の矢野新一が個人HPでひとりでやっているといっていい風説流布罪による風評被害の実態とはそれだけのはなしであり、調査対象が単なるうわさであるといった占い級の非科学性からいえば統計学も中途半端にかじっただけカイ二乗検定やってるとさえおもえない、矢野新一いわく、商材イコール地域魅力度、という到底なりたたない等式でもって、へんてこな商売中心目線系のはた迷惑をこえて犯罪でしかない風説と、偏見の自称ネット調査と、被災地へのはなはだしい風評被害を日々あたえているその風説流布罪ならび県への名誉毀損罪である。

 いずれ矢野新一が深刻でとりかえしのつかぬ刑罰をうけることを強く祈願しつつ、冷静に地域をふりかえるかぎり、これらの商業気質の発揮というものは儒教による教化のもとで、さらに政治階級である武家の専制支配下では徹底的に否定されてきた特徴だろうから、のばすのがむずかしいにせよすくなくとも、職業的に経済活動を専業化しているいくらかのひとがみにつけるべく努力した方が、おおきくみて「中庸」「中道」に一帯の世界観をちかづけることになるのも、あるいは一理あるとする。
 おそらくひとつこの面でのきっかけになるのは、天職思想: calling、というprotestantismのなかにみられるかんがえかたかもしれない。それはカルヴァンによって定義されているが、「救いをえるためにはみずからが天からあたえられた職にはげむしかない」、というアイデアだ。そうしてたまった利潤は決してみずからのためではなく、キリスト教倫理をまっとうするため、いいかえれば世のため人のためにつかわねばならない。
 このアイデアがイギリス帝国勃興にとってはかぎとなってきたことは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』にあるとおり。資本主義として世俗化してしまってからは質がちがった議論になったが、アメリカでさかえることになった金融業の正当化さえもとはといえばこの救済、みずからが社会の役にたち救われているという確信をえるための、日本でいう封建時代の分限道徳の様なところに起源があった。そしてそれは分をおもんじる、すでにある儒教の世界観とも相性がいいはずだ。