2014年5月10日

文学

『蓮田一五郎詩歌』

 七日夜、夢與母賞花於庭前、樂甚矣、已而寤、不覺血涙萬行、因賦一詩。
綠酒奉歡慈母傍 花促淸宴興無彊 三更夢寤驚起坐 不在庭園在他郷

 三月三日、於閣老脇坂侯之邸口吟。
欲挽頽波回世運 一朝斬破姦魁頭 殘?縦?粉滅 凛凛英明千載流

 三月三日、四日、五日雪ふる日、細川侯の邸にありて、五日の夕、空晴れて月影のさしけるを見て
ふりつもる思ひの雪のはれていまあふぐもうれし春の夜の月

 隅田川の花いと盛りにて、人々花見に出る由を聞きて
もろ人の花見るさまにひきかへて嵐まつまの身ぞあわれなる
春滿墨江烟景新 櫻花爛漫闘紅塵 可憐昔日遨遊子 飜作従容就死人

 無題
身嬰釼鋩志愈雄 剛肝擬學椒山風 生前恩澤報無處 除奸聊知效寸忠

 三月廿七日評定所口吟
伏節元期大義明 挺身欲拂海鯨横 回頭人世總如夢 千載空餘忠烈名

 この日は死に就事と思へば、辞世の歌よみ侍る
色香をばよしのゝ奥にとゞめ置て惜まずに散る山ざくら哉
花のため深くそめにし色香をばちらなむ後ぞ猶匂ふらむ

 無題
道理貫肝義?胸 従容笑處死生中 安知一片忠魂鬼 夙夜儼護皇宮

 守人の櫻の花を、一枝折ていたしけるに
守人のあはれみなくば此春はなれし櫻もいかにながめむ

 寄落花述懐
いそがねどいつか嵐のさそひきて心せはしく散るさくら哉
幽囚乍過六旬日 毎懐家郷血涙垂 縦有郷心勞遠夢 難奈法網此身従
既以一身託劍鋩 只慈母碎心膓 幽囚夜半孤眠夢 偏向故園住處行
九尺小堂獨懶眠 千憂除去百悲傳 家郷夜夜相思夢 共誘春風繞枕邊
皇道久衰頽 誰能載至尊 姦曲重慘毒 醜虜勢吐呑 不有迅雷斷 爭支狂浪翻 嗟予深感激 先死報天恩
豹是留皮豈偶然 功名夙欽定遠賢 洋夷未驅身先死 一片丹心好奏天

 世の為と思ひて盡せし事共、皆空しくなりぬと思へば、悲憤の餘に
世の為と思ひつくせし真心は天津み神もみそなはすらむ
嗟予十歳喪先親 成立一仰慈母訓 大義不成忠孝廢 一生心事向誰陳
今日杞憂一日深 孤忠欲挽夕陽沈 休言身死無功効 必有明神鑒赤心
欲明大義正華夷 頑鈍豈圖失事宜 身死功名難共得 業空忠孝兩相虧 一年至此欲腸斷 淋漓只看血涙垂 二十八年夢乍覺 一片淸氣大空歸

岩崎英重『桜田義挙録 維新前史 下編』吉川弘文館、1911年、十九 蓮田の遺書、287-289頁