2010年8月2日

いぬのしあわせ

これはいますぐどうとかいう問題ではないけど、看板に県と市の名義で「犬の放し飼いはいけない」とか書いてあった。

で、ドイツやイギリスの話なのだが、普通に放し飼いされている。というか日本の犬とは犬のかしこさが違うらしい。首輪をつけたり紐でつながれたりしなくとも人へ悪さをしづらい様に専門のトレーナーとかが大体ついてしつけされてるということ、および「育種」がジョウシキなのでわがままだったり単に凶暴な犬はさっさと保健所で殺されてしまうということだ。イギリスでは二回かみつくとアウトで法的に保健所行きらしい。
で、日本の犬があれだけ凶暴だったりするのは、この育種観がなく欠点も溺愛ぎみなのに加え、いつも鎖につないで縛りきってるので少しの刺激でも神経症のごとく吼えたり暴れて抑圧を解消したがってるというところもあるみたいだ。

 こういう知識からいうと、放し飼い禁忌で日本の犬、というかこのへんの血統種がヨーロッパの優秀な犬に勝る能力を得るのはむずかしいのでないか? やはり環境というものがある。馬はいるかもしれないがきたいば犬というのはしらない。それはそうだ。優秀な犬を愛護する考え方がなく、厄介者あつかいなのだから犬としてはめぐまれない。

あるときボクはすてられた犬を見た。その少年犬はひどく傷ついたらしく、しばらくみてから去ろうとするとキャンキャンと泣き叫んで向こうにいる少年グループへと次のあるじ候補を求めに走った。ああいう犬をみているとこのあたりの犬は感情の繊細さがあるのかなと思う。そういう品種を育種しようとすればできるだろう。
で、それには大人しく、ききわけがよく、へたに噛み付いたり叫びまわったりしない血統書つきの交配を厳しい目でつづけていけば、このあたりの市民性の中でいまよりは幸福にくらす未来像がひらけるのではないだろうか。なにもわるさをしたくて糞をしまくるのではない。それが野生犬というものだ。どこで排泄すべきかを教えるのも飼い主と訓練家のしごとだ。

西洋の幸せな犬に比べると、あの捨て子犬と看板のつめたい文句はきたいば市民が無責任なばかりか犬への真の愛情、『より優等な血統へ育て上げる』という思想が欠けているあかしに思う。だが犬を粗末にする者は犬からも粗末にされるわけだ。狂犬病対策とかすらされていない猛犬がうろちょろしてるなら鎖は必須だが、飼い主の責任にすぎない糞放置で即放し飼い禁止もちょっと過酷すぎる気がした。