2012年9月5日

Idolの分析と質素の徳

東京圏(東京・神奈川を中心として、千葉や埼玉をふくむ一帯)を一応の終点として、東海道・Asian highwayの右端を通しておきているのは偶像化、idolizationの現象とおもえる。

 特に、最近県南でも一部のひとらがまねさせている様だが、このアイドルが舞妓として歌舞その他の遊芸をおこなう、という歌劇の商業化現象がみられる。

 すでに同質のものとして古代には芸子・芸妓・芸者、という京都圏を中心にみられる芸能者集団がいたし、現代版でこれがidolとなのっているわけ。秋元康という人物、のちにつんく♂という2名が女衒、いわば人身売買業の中心になっている。またジャニーズや、宝塚歌劇団、沖縄アクターズスクールばあいによっては吉本興業もかなり似た型にはいるかもしれない。これらのほかに、質のわるい犯罪にふみこむなんらかのサービスをおこなわせる芸能者をかこいこむ、芸能事務所の類というべきものが無数に東京都内にはある。江戸時代から状況はかわらない。
 おなじことは韓国でもかなりむかしからおきている様だ。妓生とよばれるひとびとが韓国版の舞妓で、いまでいうイ・スマンという人物が無数の歌舞や歌劇をおもにおこなう芸能者を国際的にうりだしているのも相似的といえる。この人物はもともと日本にすんでいて、日本の芸能界での偶像稼業を模倣し、韓国へ輸入したとおもわれる。

 つまり、この偶像化とは現代ではそのいいかたはおおいかくされてはいるが、社会であまったり転落した者らをかこいこんで役者にしたてる、という間接的な奴隷制度なわけだ。それがテレビによる洗脳の影響力でcelebrity: 有名人とよばれ、逆説的に羨望をあつめる様になった。

 よりひろい意味で偶像ということばをつかうと、偶像崇拝を禁じる、つまりニセモノの像ではなく、神という理念そのものを信仰させようとしたのがHebraismで、ユダヤ・キリスト・イスラム諸教の根源にあるかんがえかたといえる。ところが、Hellenismとしての多神教だったギリシアの思想、またOrientalismとしての東アジアの思想もまた偶像をかならずしも禁じなかった。総じてみて、「美術」という世界で聖像からはなれた人物やsub cultureでみられる擬人化したcharacterをとうとぶ、すくなくとももてあそぶという風習は西洋ではHellenism、東洋特に日本ではOrientalismとHellenismの結合に由来している。
 そして今日、具体的にいきている人間へこの偶像・にせの像・つくりもの、つまりidolということばがあてはめられて、いきている偶像が生じる様になった。おもとしてかなりの猥褻で歌舞をおこなう芸能者がidolとよばれるわりあいがたかい様だが、この現象はAmericaからAsiaまでの自由主義圏一帯で相当ひろがっているならわしとみえる。

 日本のばあい状況がひどいのは、Hebraismとの切断がはげしいので貞操観念からの抑制がなく、舞妓・芸妓・芸子・芸者とおなじで既存の売春社会とむすびつくわりあいがたかくなって、ますますこの生きた偶像たちは堕落していく、という多神教風土によくみられる偶像崇拝とおなじ光景がひろがるところだ。『旧約聖書』創世記にソドムとゴモラ、というまちがほろぼされた説話が有名だが、これはいまでいえば東京都と京都府といってもそれほどちがいはない。
 なぜそうなるのか。特に世襲によって最高権力者の地位をながいあいだ独占してきた天皇家の居住地のちかくでこういった現象が頻発定着するのをみると、この天皇家のもっている信仰に退廃的商業都市のなかで偶像化をすすめたがる部分があるとみえる。もしそうでなければ周囲の土地では逆の風俗がみられることだろう。すでに中世にも、皇族界隈での性の極端なみだれをかきのこした『源氏物語』のなかではソドム的な光景がみられる。本居宣長が補強したなんでもありnationalism人種差別理論(大和魂、やまとごころ、あるいはもののあわれというkey wordsで先祖返りをおこしよく再起動される)によってこれが現代にまでつながり、いまだに天皇家の巣である東京都ではソドム化がつづいているといえそう。

 これらの見解から、偶像化はその虚像の崇拝という悪習によって貞操観念をうしなわせたり、生きた人間をもちいるばあい背後にある奴隷制度的な人身売買を定式化するので当然悪徳となるが、そのおもたる原因はソドム・ゴモラに類比できる東京都や京都府をすみかとした天皇家から生じているといえるだろう。特にかれらのなかには国家神道として明治時代に再興された祖先崇拝やanimism、偶像崇拝をふくむ特殊な信仰が世襲の絶対権力者としてあるのだが、これが極東での偶像化をもたらす第一原因であり、また悪徳の根源といえそう。

 ところで、水戸学という哲学体系は創始者の光圀によって、この世襲の皇帝の血統の連綿さを神格化する思想をふくんでいた。おそらく論証的にみいだせる幕藩体制の理由付けとして、藤原、源や足利、徳川あるいはマッカーサーといった有力者が古代王朝の末裔である天皇家の権威を利用する、という間接統治体制をとったその根源因をこの一系性にもとめたからだろう。地球規模の世界史をみかえすとこういった連綿さはめずらしいのもたしかだが、現実には偶像化のあしき風俗をもひきつれてくるお人なのが天皇家、というはなし。歴史上例外がないからまずそうだろう。天皇家とのつきあいというのは、日本ではということだが、左翼的にそれを廃位しようとすると古代からの家系図がのこっている血統書という日本人の一類にみられる由緒の希少性をうしない、右翼的にそれを称揚しようとすると絶対主義者の偶像化にまつわる悪徳が蔓延させられつつ世襲した天皇の血中心の人種差別から世相が排外主義にむすびついていくという両極にまつわる弊害をともなうので、できたら中道的な敬遠にかぎるといえそう。しかし日本ではないばあい、この天皇家とちかづくことは地球では最大のながさをもつ世襲の絶対権力者だからありそうな腐敗加減といえばそうだが、否応なくソドム的な風紀でよごされることでもあるだろうから、できるだけおちかづきにならない方がいいのだろう。そしておそらく外国人や日本国民どちらでも、天皇の具体的な廃位にうごいていくばあいは国家神道とからんだ極右暴力団による迫害がくわえられる可能性があるだろう。
 なぜ日本国民の多数がこれをおこなわないかというと、極右暴力団や皇族の関係者による明に暗にの迫害をおそれていること、もうひとつは前述の水戸学の理念が智恵とみていきているからだろう。
 またなぜ征服者が天皇の根絶的廃位をおこなわないかいえば、すくなくとも状況的にそれがおこないにくかったこと、また水戸学的南朝正統論にもその萌芽がみられる血統の主体性への信頼感にかかわる保守性、そしてこれは和辻哲郎の『倫理学』での論旨だが多数の信仰者がいる法王状態の人物を廃位するのはその狂信下にある民衆を統治するのに不都合という3つがかんがえられる。特に3番目の論旨は、幕末の新政府軍側によってつかわれた朝敵ということば、また第二次世界大戦時につかわれた皇統ということばで現実に弾劾権のない最高権力者状態だったのが天皇だから独裁政におちいるのはあたりまえかもしれないが、そういう統治に際した不都合観をもった人間がしかもGHQをふくめた政府の中枢に複数いたのを実証している。昭和天皇が玉音放送直前に三種の神器の所在を心配していたわけも、もとは水戸学に於ける世襲権力正統化の根拠が血統論をふくんでいた、という昭和天皇の独自解釈によるのだろう*1)
*1) 北朝方は足利幕府にかつがれたが南朝方は主体性をもった天皇だったから、徳川光圀: 義公がのべたかったのはむしろ天皇制度のなかにある天皇という皇帝の意思の尊重だとおもわれる。おそらくだが、生前の最高官位が中納言であった事実からも、もっとも悪解釈したとしても御三家としての立場の限界から徳川宗家そのものの役割を皇室補佐に定める方が得策と判断し、もっとも善解釈したとすればこれがのちに副将軍と称される結果になるわけだがいまでいう水戸っぽい豪胆な気質から宗家とのあいだで生じている共生的な競合関係のなかで真の忠誠の度合いを啓発し権力者の理想をためそうとしたのではないか。この言動の動機は、兄の頼房をさしおいて藩主になった負い目、のちに早隠居による養子での家督の禅譲という有名でおそらく『史記』伯夷列伝からの影響でおこなわれた心理的複合観念の時宜におよんだ昇華だったろう。そしてこの2代藩主のいいつけへ忠実に、勝手に攘夷決行へはやった薩長とはことなり皇室からの攘夷の勅許をもとめて当時の征夷大将軍の後見役として慶喜が水戸藩主の末裔として京都へ随行した事や、そもそも勅許をえずに不平等条約へ調印した伊井直弼を越権の専横とみなした水戸藩士の理解は、おなじ意味での天皇主体論を一貫して奉じていたとおもわれる。そして現代にいたるまで、この水戸学的な真意は単に逃亡したとおもわれている慶喜へのかれらからの評価をみるかぎり、新政府側にたっていたすべての人をふくめ、旗本がわにも理解されていない様でもある。
 たとえば『人国記』『新人国記』でみられる常陸へ善悪をしらないあるいは全人がいないといった行動意図が理解できないことからくる偏見は、その哲学的深度に由来した道徳性の高みがこの俗書が書かれたと仮定される単に習俗にならうジャイアニズムの江戸とは、現代でもみられる地味主義的な常陸側のおおきな風紀のよさを参考にすればよい意味でおおはばにちがっていた証拠ととらえられる。道徳性は知能行動、つまり総合的な状況判断による将来予測性であり、一般知能に由来するのでその分だけ平均的な知識分の活用力の程度もたかいはずであり、もし地域にこの機運があるとすれば一定集団もそのとおりなはずだが、
http://todo-ran.com/t/kiji/12102 全国学力テスト(活用/知識の比率) をみれば現にそうなっている。ここで茨城県小中学生の知識分の活用比率、つまり茨城の子どもの平均した「地あたまのよさの成績」が関東地方あるいは首都圏ではほかにまさってもっともよく、全国でトップな秋田やトップレベルの北陸にならぶ成績なのに注目していい。つまりつめこみではない意味であたまのはたらきがいい、茨城の人は地頭がすぐれていると判断できる。おそらくこの茨城県民の地あたまのよさ、という長所はさらにのばされるべきだ。常陸国にふるくすんでいたのひとびとの先祖のかしらといえる佐竹氏のその後の定着地では、こどもにみられる頭脳のよさが圧倒的なのもすくなくともおなじこと、地頭の血統的な優良さとみられる現象を証左している。よりくわしく
http://todo-ran.com/t/kiji/12090 全国学力テスト の結果、また
http://todo-ran.com/t/kiji/12094 全国学力テスト(知識:A) と
http://todo-ran.com/t/kiji/12098 全国学力テスト(活用:B) を参考にかりに茨城と東京を比較すると、勿論どちらもテスト成績そのものやその地頭のよさといえるだろう数値は上位にあるわけだが、茨城のこどもはこの地あたまに比例するとみられる知識分の活用比率でのみ4位分も順位をとび級しているのにくらべ、東京のこどもではむしろ1位分の順位をおとしていてその勉強の絶対量のわりにはたらきがにぶい分だけ前者より平均して地頭がおとる可能性があり、結果として東京は茨城よりも平均して道徳性がひくいということも東京での成人後の犯罪率や犯罪発生数の極端なたかさ、ジャイアニズムにまつわる数々の過度の自信のありかから当然ある、と推察されるだろう。

 ところでこの一切をみても、複雑なことではあるが、天皇家のひきつれているおおきな悪徳のばらまきは義公による天皇家の主体性のかばいではおぎないきれないのではないか。民衆政、あるいは共和政のわくぐみのなかで多数者支配のもと、国民主権がとなえられている時勢に、天皇家を中枢としたソドムでの偶像化; ばあいによってはこのソドムである東京都や京都府その他スラム的な商業地そのものの偶像化は、決して正当化できそうにない。主権者からみれば、それらは天皇世襲制度の絶対主義的腐敗にしかとらええないだろう。実際に、なぜ東京や京都を中心地としてこのソドム的偶像化がおこなわれるのかいえば、天皇家の信仰が悪徳をもっているからだ。なされるべきなのは天皇家やその血統という古典的偶像そのものへのよく理解された見地であり、その結果、天皇主義というY染色体の血に由来した人種差別ではない面から、なにが道徳的でほかがそうでないのかがみわけられ、首都での堕落の影響からひとびとをすくわねばならない。王を擁立した理由さえ、もとはといえば最善者としての単独支配だったわけだから、その人物が劣悪で利己的、かつ悪徳流毒の原因なときは容赦なく否定されていい。

 Idol化は実質と虚像をはなしていく、という装飾的付加価値のまちがった用法だ、と結論できる。おそらく、哲学の根源的には美術装飾そのものも否定される。偶像崇拝が禁忌されている地方では、おなじ労力が人心の改善、つまり多少あれ利他的な善良性にむけられる分だけ虚栄からはなれていく。単なるひまつぶしや娯楽としての美術、またそれに類したsub cultureへもおなじく結論づけられるだろう。よって、今日みられる近代美術のわくぐみ、絵画や彫刻による建築装飾すら本来の徳からみれば堕落でしかないだろう。現に、古典的なイスラム教の世界というHellenismの影響をよわくしかうけていない地域でのみ、この無装飾性への信念がいきのこっているのがわかる。Modernismとよばれる工業製品とのかねあいでみられた装飾の罪悪視は、美術世界でいえば、水戸藩の領域で質素倹約という面からこころみられていた物品趣味の徳と鏡うつしでおなじ合理性をもっている。Americaでいうpragmatismとの一致点もみいだせるだろう。
 魅力、地域ブランド調査という東京都の総合ブランド研究所でおこなわれている地域の偶像化も、総じておなじ悪徳に堕するとみていい。その結果は質実剛健の地域性(http://kamomenome.exblog.jp/16715247/)のlogで予想されたとおり、高魅力地域でのガラパゴス商業化によってひとびとの適応性の低下になる筈だ。ときに、地球的視野のある高級官僚から日本は変な国、といわれることがあるのはこれをさしている。過商業性による大都市適応の既存習性、おそらく天皇家所在地首都制度での都好みが結果として島国でかつ文化や言語圏が少数派であるかぎり半閉鎖的であらざるをえない日本市場の風俗を無駄に、つかいづらく、不適応に特殊化する。
 なすべきなのは徳の先導だ。ここでいう徳とは、良徳、社会学的知識、智恵のことで、そのideaによって社会のなかのひとびとがより福祉にめぐまれる行動指針をいう。そしてそれは偶像化をさけたがる心理、天皇崇拝や美術物品崇拝あるいはsub culture系のfetishismや自然崇拝もふくめたなんらかの偶像崇拝を禁じようとする習性によって獲得できる。

 世界には積極的に偶像をつくりだす文化状態と、それを否定して内面心理の充実にこころをくばる文化状態の2つの場面がある、ともいえる。和辻哲郎『偶像再興』、などでとなえられているのは偶像の象徴作用を重視したたちばで、それは西洋で特にイタリアrenaissanceルネッサンス以降におこなわれてきたHellenism文化の再興とも帰一。古代日本でいえば縄文期は偶像社会、弥生期は脱偶像社会、とかんがえられる。後者があるのはおそらくなんらかのあらたな技術状況とのかみあわせがあり、いままでの装飾性での貴重品らしさが通用しなくなったという心理からの啓蒙がはかられる場面だろう。この分析点は岡倉天心『日本美術史』総叙にも、「精神鋭くして観念先立つときは興起し、形体を求むるにいたれば必ず衰頽す」と、めあては美術装飾品とかぎられてはいるがなかばにた洞察がみられる。道具や置物あるいは建物としてなんらかの機能性をもっていたものが、思潮の転換でその祭祀様式や劇そのものからはなれると単なる美術装飾品とみなされるのもおなじわけだろう。つまり偶像なるもの;人為的にかたちづくられた希少性の捏造は別の時代からみれば単なる技術様式の独特さにもとめられ、それはなんらかの象徴作用を機能化するところにある。
 おおまかに、機能性のたかさはその時代の生産様式でつかわれる道具に於ける技術革新、つまり発明からうまれる。対してこのある機能性の型に対する連続的洗練化が装飾をよぶ。前者は用途にまつわり利用率による生産性を発達させ、後者は豪華さでの権威感や威圧をよぶ。人類史は前者のするどさが後者を駆逐する、といったかたちですすむ。そうみると前者のみがすぐれている様だが、後者のよい点は貴重品がたまりやすく、後進的な世界でその伝統芸能を保全していく場面がありえるところ*2)
*2)哲学的な思想の領域でいうと、明治時代では前者が福沢で後者が岡倉のたちばといえばわかりやすいだろうか。岡倉天心の論旨にみられる日本という吹き溜まりになりやすい極東のしまの美術館視、Asiaのmuseumである、といった論理はおなじ原理、つまりanimismや多神教の風土がのこっている日本という孤立したしまぐに文明を、伝統工芸の保守率のよい適所とといているといえるだろう。

 では自分が、偶像化に対してもっぱらどんな意見をもっているかいえば、すくなくともHellenismとHebraismの結合による西洋と、その直系であり覇権をもっているAmericaの文明圏、が主導している時代に過装飾文化をもつのは危険であり、文化圏やそこでくらす生態のいきのこりのためには実用主義にもとづいて偶像崇拝を禁忌していく方がいい、ということ。もし状況がゆるさずどうしても無駄の制度化である装飾文化、偶像化をふくめたそれをみとめなければいけないとしても、その根拠はある立派な徳の象徴化作用にしか根拠はもとめられないのだから、すくなくともよい趣味かどうかが判断基準になる。わずかでもいやしいなにかしらの傾向があるとき、この装飾性は罪悪だ、とのべてもいい。
 こういった趣味観念がないまま、偶像崇拝の状態が完全に放置された結果として東京都、京都府、ソドム、ゴモラ、あるいは今日のほとんどの都道府県で大のおとながゆるキャラといいながら実在しないなにかしらへ擬人化されたすがたとして、ちぢんだ人形に身をつつんでねりあるく、といったくるった光景がある。それはまたanimationや漫画、comicsの副文化から引用した偶像化のありさまだろうが、日本全国全都道府県が一様にこの偶像崇拝的なおろかしい風俗にそまっている、そしてだれもその悪徳:ありもしない虚像へささげた愛好にもとづく祭祀を指摘しないというのは本気でおそろしい現象だ。Disney labelによって擬人化された喜劇的人形劇が、同時期に日本国内でみられた漫画での同様のcomedyをふくめ、もしかするとそのはじめの一端をになったのかもしれない。
 いまイスラム圏でも、特に石油による莫大な収入がある諸地域ではこの過装飾の美術館を複数つくりだして将来世代の観光収入をみこした来世のそなえにしよう、といったイスラム思想にもとづいた文化模倣がみられる。だがそれも総合してみかえすと、人類史上ではある堕落にすぎないだろう。もとはギリシア人らのなかでの多神教がひとがたをもった神を空想していた経歴から、とおく極東日本での神道が祖先崇拝や自然崇拝の系譜にまでこれをひっつけてしまう、という奇妙なHellenismの変遷が、像としてのかたちをもった崇拝対象をつくりだす制度につながったのだろうが、その東京都や京都府のありえる末路はソドムやゴモラとおなじでまた悲惨なはずだ。
 このにせの像、つくりものをおがみ、大事にするというのは根本的には神のつくりだした人間こそが大事であるという理解をさまたげるのであり、その人間が世界のなにごとかを模倣してつくりごとをするのはさきに『旧約聖書』*3)にみられる見解だが神の似姿であるはず人間性にそむく現象なのがあきらかだから、実用的な道具にかぎってのみそれを人間の目的につかえる範囲で人間未満にだが大事にする、というのが趣味にそむかない限度、とかんがえられる。もしおなじ論拠にもとづけば、この人間優先の領分にのみなんらかの記号を応用した装飾、できたらなんらかの自然や人工物を模倣によって連想させないそれもかぎられるべき、とわかる。わざわざいうまでもない様なはなしだが、現実にはこれに反した無数の慣習があるのでこの理想はよほど達しがたいのがわかる。しかし妥協してしまうほどのきびしい、反宗教的でゆがんだ現実性がどれほどあったとしても、やはり理想的な徳という面からはこの偶像否定の方がよい、すぐれたたちばなはずだ。「質素」、ということばがもっとも素朴にこの趣味に関する道徳性をつたえている。
*3) 『旧約聖書』出エジプト記:20
それから神はこれらのすべてのことばをはなしてこういわれた。
「わたしはあなたの神、あなたをエジプトの地から、奴隷の家からたずさえだしたものである。あなたはわたしのかおにさからって、ほかのいかなるものをも神としてはならない。あなたは自分のために、上は天にあるもの、下は地にあるもの、また地の下の水の中にあるものに似せたいかなる彫刻像や形も作ってはならない。それに身をかがめてはならず、さそわれてそれに仕えてもならない。」