文化審議会は、被災地の悲惨な心情を逆なでし、しかも絶望させる様なことを平気でやったというわけ。
これが真にただしい方針なら、当然ながら再建をくりかえしてかたちをたもっている多くの文化財とやら、つまり東大寺・紫宸殿・桂離宮・東京駅なんかもぜんぶ登録抹消しろというのが当然の道理である。当然修復工事後、その過半の材料がかえられるすべての建造物は永遠に文化財になりえない。
こういってはなんだが、文化審議会は知能がひくいのだろうか? 建造物の本質はその設計あるいは計画なのである。すべての材料はつねに時間の中でほろびていくのだから。修復工事をしたら抹消される文化財、ならば第二次世界大戦で破壊された為まったく再建をめざして新築されたものにすぎないロンドンの国会議事堂は、いうまでもなく文化財ではないし、世界中でおそらくストーンヘンジと古代ギリシアの廃墟群しかのこるまい。実際に、こういう判断をしめすというのはなにもこの世にのこしたくないのだろうけど。どっちかといえば、人間の手がくわえられたものはすべて文化財ではない、ということがいえるとおもう。なぜなら国民ひとりひとりの辛苦を積み重ねて払った御血税によるご立派すぎる自称国営権威なる大審判法王機関大先生さま・文化審議会どのさま(ただし権利平等に国民のなかから雇われた日本文化の一構成員にかぎる)によればという限定つき条件下ではあるけれども、登録抹消しなければならないほど不純なものであるはずか少なくともどうやらそうでなければならないか絶対そうしろというわけなのだからだ。たとえ自然災害の影響でも! 再建や建造などもってのほかである。――こういうことが、あたまのおかしいか、もしくは超越的に創造主狂信的な文化庁のかんがえのなかにはっきりといえるはずだ。そのとおりにするがいい、別にだれであれ困るものはない。
しかしながら、今後、文化庁の文化審議会が、皇室関連のものやら国家もしくは政治経済界関連のなにかをほとんど材料をのこさず修復工事後(構造物の過半に及ぶ修繕や単なる構成部材の大規模修理ならびに新築あつかいは当然ながらその他の計画的再建も含む)、てきとうないいわけしてそれを文化財として登録抹消しなければ、理性をもつ全人類は確実に破壊しつくし日本の文化財をなのる権利を徹底剥奪しきるしかないだろう。それが文化を担う者の尊厳、そして人の道理というものだ。
�� ちなみに、ご立派な代々大先生だらけの文化審議会とやらの構成員さまは以下の20人でござる。
第11期文化審議会委員
http://www.bunka.go.jp/bunkashingikai/about/meibo.html より
��平成23年8月8日現在)
一、青柳正規(あおやぎまさのり)
独立行政法人国立美術館理事長,国立西洋美術館長
一、石上英一(いしがみえいいち)
大学共同利用機関法人人間文化研究機構理事
一、岩澤忠彦(いわさわただひこ)
財団法人NHK放送研修センター理事・日本語センター長
一、内田伸子(うちだのぶこ)
お茶の水女子大学大学院教授
一、岡本真佐子 (おかもとまさこ)
桐蔭横浜大学教授
一、河東義之(かわひがしよしゆき)
元千葉工業大学教授
一、佐々木丞平(ささきじょうへい)
独立行政法人国立文化財機構理事長,京都国立博物館長
一、里中満智子(さとなかまちこ)
マンガ家
一、道垣内正人(どうがうちまさと)
早稲田大学大学院教授,弁護士
一、東倉洋一(とうくらよういち)
国立情報学研究所副所長
一、都倉俊一(とくらしゅんいち)
作曲家,一般社団法人日本音楽著作権協会会長
一、土肥一史(どひかずふみ)
日本大学大学院教授
一、中村紘子(なかむらひろこ)
ピアニスト,ノンフィクション作家
一、中山信弘(なかやまのぶひろ)
明治大学特任教授,東京大学名誉教授,弁護士
一、◎ 西原鈴子(にしはらすずこ)
元東京女子大学教授
一、林史典 (はやしちかふみ)
聖徳大学教授
一、林田英樹(はやしだひでき)
国立新美術館長
一、○ 宮田亮平(みやたりょうへい)
東京藝術大学学長
一、森西真弓(もりにしまゆみ)
大阪樟蔭女子大学教授
一、鷲田清一(わしだきよかず)
大阪大学総長,哲学者
��◎会長,○会長代理)
なお、以下の記事参照
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111121-00000402-yom-soci
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六角堂など文化財登録抹消へ…津波でさらわれ
読売新聞 11月21日(月)11時33分配信
文化審議会は21日までに、「茨城大学五浦美術文化研究所六角堂」(茨城県北茨城市)や蔵元「酔仙酒造」(岩手県陸前高田市)の本社事務所など、東日本大震災で被災した国登録有形文化財の建物6件の登録を抹消するよう中川正春文科相に答申した。
近く答申通り告示される見通し。同震災により登録文化財が登録抹消されるのは初めて。
六角堂は、思想家、岡倉天心(1863~1913年)の設計で1905年建設。今回の震災で建物ごと津波にさらわれた。酔仙酒造は倉庫、守衛所を合わせた3件が登録されていたが、いずれも津波で全壊した。
ほかに抹消答申されたのは、米国人建築家ヴォーリズが設計した「日本基督教団福島教会会堂」(福島市)と「旧北上町役場」(宮城県石巻市)。答申は18日付。
最終更新:11月21日(月)11時33分
読売新聞
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また、
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111121-00000074-mai-soci
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��東日本大震災>岡倉天心創建の六角堂復元へ起工式
毎日新聞 11月21日(月)20時59分配信
��東日本大震災>岡倉天心創建の六角堂復元へ起工式
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六角堂再建起工式に参列する池田幸雄学長(前列奥から2人目)ら=北茨城市大津町五浦で2011年11月21日、山崎明子撮影
茨城大学は21日、東日本大震災の津波で流失した北茨城市の同大五浦美術文化研究所六角堂(六角堂)跡地で、再建起工式を行った。美術家・思想家の岡倉天心が1905年に創建した当時の姿に復元することをめざし、来年3月完成予定。六角堂は03年に国の登録有形文化財になったが、再建は「新築」となり、文化財登録は抹消となる見通し。
再建される六角堂は、高さ約6.2メートル、一辺が約1.8メートル。屋根の頂点に宝珠(ほうじゅ)を頂く。創建当初の設計図がなかったため、県建築士会などが無償で技術協力し、写真や証言、近年の改修で作製した実測図などを基に、新たに設計図を作製した。
同大は当初、4回の海底調査で部材を引き揚げ、登録文化財のまま復元する方針だった。しかし、発見されたのは昭和時代にふき替えた瓦約180枚や明治期の宝珠と水晶などで、構造が分かる物はなく、文化庁に7月、文化財がなくなったという届けを提出した。
起工式には同大や市、県教委、県建築士会などの関係者約20人が出席し、工事の無事を祈願。その後の式典で池田幸雄学長は「六角堂の完成が、北茨城と茨城県と東日本の復興の象徴となることを期待している」と話した。【山崎明子】
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