2011年4月8日

不良行政のはびこり

被災地の中心区ではまだ家がなくなり避難所での侘しさを余儀なくされておられる方々がいる街へふたたび、いつもの気違いヤンキーの暴走発生。道交法違反なので現行犯逮捕できるはずだが、派出所は出動しないのか?

なぜ他人へ迷惑をかけてうれしがっているのかがわからない。オナラしながら街を走り回る。これは発狂以外なんでもないだろう。知能が僻地奇形化してしまった可哀相な国栖。しかし、違法行為は違法行為だ。

こうしてみてくると、普段の業にみた市政というのは本来あるべき奉仕水準からはるかに低い高給をはむ手抜きかつ腐敗仕事なのがわかる。だれがどうみても違法をスルー。これはどういうわけでしょうか? 市内パチンコ店で普通に換金させる。
これも狂っているとしかいい様がない。刑法犯罪をみのがしにしているのだからきわめて悪質だ。立法能力はるか以前の理性しかないらしい。
かなしむべきは、その違法賭博店の社長らしき人物が市議へ普通に入りこんでいるっぽい。当選しているのである。

 これらをみても、北茨城市の大人というか年齢のたかい老人層は、あまり尊敬にたらない、どっちかといえば軽蔑すべきなのが周知できる。かれらの権勢誇示ぶりと威容はすべて自信のなさの裏返しでしかないわけだ。実質は無能でしかない。だから威張りくさる。

例えば、派出所はいうまでもなく(これは指摘によりようやく移動されつつある様だがそれもまた後手だった)、消防署、このどちらの危急基盤もなぜか津波直撃があきらかな海岸沿いに、低層で置く。ありえない施策。
具体策にすれば中心街から全市内へすぐ出動できる場所として、大体いまの市役所あたりの高台のどこかへ立地すべき。派出所は一二個破壊されても本部が別ならさほど問題はないので駅前あたりのはないよりあったほうがいいだろうけど。
 少なくとも市民からのこういう忠告が行く前に次々最善の手をうてるのが名君であり名行政。とはいえそれは天才の領域なので、そうでない凡人らへ次善の策としては「目安箱」式なよりよい意見の吸い上げがあればあるほどいい。民主政の利点としては修整がききやすい。

市民から、おしえられてもおしえられてもちっとも聴き入れる余地がなく、何度忠告しても全然音沙汰がないのは能力が低すぎるわけで、反省し、できれば自分から総辞職せねばならない。これで行政の老廃は一新されるわけだから。
主権は在民なので別の「より優秀な人物」が政権をとるしか、群れがよりよく生き残る道はない。くりかえし失政をしてしまうというのは、市民からの借り物の税収を仮にあずかる政治屋の御身分なのだから故意ではありえないかぎり、能力不足だった証拠でしかない。判断力が低いというのは教養が足りなかったということ。