2020年10月28日

茨城人一人一人が高潔なら、下衆は遠ざかり、貴人に親しまれる

ネットは我々を酷く不幸にした
特に僕にとってはそうだった
恐らく多くの茨城県民にとっても同じだと思う
なぜかなら、僕は茨城県外がこれほど邪悪な人達でうずまっているとは知らずにいたのだ
恐らく殆どの茨城県民もそうだったのではないか
日本は悪意や悪徳だらけの低俗で愚か極まる人達の国だった

三浦春馬という人は東京にさえ関わらなければ
今も生きていたに違いない
土浦のいい青年として栗農家でもやっていたろう
正確にいうと、茨城県は県外に比べれば遥かにましな社会だったのだ
ところがこの県で生まれ育つと、県民一般が余りに謙虚でそれを知らずにいる
一度外に出ると外が地獄だと分かる

僕は東京が地獄だと感じた
それは東京に暮らす人々が酷く愚かで、根っから卑俗だったからだ
環境自体も、自然に恵まれた茨城県に比べしぬほど悪い
だが東京人は全くそれに気づいていない
今後も永久に気づかないだろう
それが本当に愚かな人達の生態
自分が何でも1番だと思っている人はどん底にいる

また、僕はその地獄の東京より更に西へ旅行して
更に大きな衝撃を受けた
そこには地獄以下の世界が広がっていた
特に京阪地方は意味不明な性悪や明らかな愚民の集まりだったし
そこでも東京や横浜と同じく驕りが凄まじかった
ある奈良の女は野蛮人そのものだった
傲慢な民衆は結局、公民度が低いだけだ

自分は広島まで行って、ここは完全に異国だと感じた
大阪の時点で違和感しかなかったが
神戸は朝鮮の人達が入ってきて作った町なのがすぐわかったし
それより西の社会は、明らかに渡来人色の世界だった
なぜ弥生人達があれほど残虐な殺戮を繰り返していたかすぐわかった
彼らは大陸からきた蛮族だった

弥生系の移民達は山口あたりから流れ込み
関西へ定着していたが、最近では東京まで出てきている
だから僕には東京が地獄にしか見えなかったのだった
完全に異民族達が、日々、見るもけがれる蛮行をしているのだ
他人からカネを貪り取るしか頭にない集団が
殺人カルト教祖を崇め
異様な悪事を働いていた

僕は文科相の教科書がウソつきだったと悟った
明治政府の作った歴史教科書が、その大陸から入ってきた蛮族達に都合がよく、
我々先住の日本人を貶める記述ばかりなのも
単純に、彼ら東京まで入ってきた蛮族が、自己中心的で悪徳まみれで傲慢なだけだった
それで僕は日本が乗っ取られたのだと悟った

東京は関西人の植民地だった
その関西人はといえば古代の中国や朝鮮から入ってきた、明らかに自分とは遺伝的資質も文化も根っから違う、自分の目には悪性にしか見えない人達でうずまっていた
だが彼らは自分達が悪性だと気づかないまま、初対面で侮辱してきたり、嫌味を日常的にいって誹謗しあっていた

縄文人やアイヌは、この弥生人と呼ばれる中国大陸から入ってきた民族と全く経路も性質も異なったに違いない
僕は東京や関西に違和感しか感じなかったが、何しろそこに暮らしている人々が異民族としか感じないのである
今も東京が公害源にしかみえないし、彼らはその自分達の落ち度に決して気づかない

今から150年前まで国境は関所で鎖されていた
僕はその方がよかったのではないかと思う
今も茨城県民の一定数の人達は、その方が幸せだったと感じていると思う
東京は犯罪や悪事の巣窟だが、簡単に出入りされてしまうと、こちらにまで公害や悪疫が飛び火してくる
今のところ自分がみた南には茨城より民度が低い地域しかなかった

だが僕はそれが事実だと知らずにいた
本当に優れた国、県はそうなっている筈だ
賢い人達は謙虚であり、外には自分より優れた地域や人々で溢れていると端から信じ込んでいる
それだけ自分や自分の属する社会を過小評価しているのである
実際、僕が差別や性売買する人達をはじめて見たのは、県外でだった

それだけではなく、浮浪者を見たのも
或いは驚く程下品だったり、吐き気がするほど愚かだったり、しぬほど性格が悪い人達をみたのも、県外で初めてだった
東京はじめ南関東地方や関西地方、中部地方、四国・中国地方、宮城県や北海道などで、恐ろしいほど卑しい人達を産まれて初めて目撃したのである

僕は自分の県、自分の市の人々が、相対的に善良だったなんて一度も思った事がなく、
もっと理想的教養に満ち溢れていたり、善徳で溢れている世界が、茨城県や北茨城市の外では当たり前なんだろうに、と思い込んでいた
事実は、少なくとも県の外に関する限り、全く逆だった
茨城の人々が最もましだった

国外の人々とも随分関わった
だが、確かにフランス、アメリカ、ノルウェー、或いはイギリス、イタリアなどの人々と関わって
他先進国に教育がある人々が多い事実はあったにしても、
そして日本の圧倒的多数を占める単なる愚民よりずっとましな節があったにしても、
彼らの仲間になろうとは思えなかった

友達になったあるイギリス人にいわれた
「君は日本から出ない方がいい」
それは僕の生まれ育ちに比べ、西洋の現実が酷すぎる水準だからという意味だ
彼の言は恐らく正しいのだろう
統計指標から見る限り、この愚民の国すら、西洋諸国より犯罪率がずっと低いのだから
世界は野蛮人でうずまっていたのだ

ドラゴンクエスト2とか3とか4とか5とか6
あのあたりの主人公の置かれている世界と、僕の生まれついた条件はほぼ同じ様な感じだったのだ
外の世界は悪でうずまっており
自分の村は限られていて退屈だと思い込んでいたら
現実には外へ行けばいくほど悪人達と遭遇しまくる
自分の村が一番平和で善良

今の県知事、大井川氏
恐らく彼も、茨城から東京へ行き、アメリカ、アジア諸国など転勤し
外の世界が必ずしも茨城より優れた所ばかりではないと悟った筈だ
寧ろいかに故郷が恵まれていたかに気づく事になっただろう
これは前知事もほぼ同じ様だった
県外の大体の茨城人はそういった経験をしている筈だ

一ついえるのは次の様な事
東国最古の文献は『常陸国風土記』だが
そこに記されている時点から茨城の豊かさ、恵まれ方は何も変わっていない
常世の国という古代奈良の文官が見た姿は、1300年を経ても全く正しいものだった
だが世人は風土記なんてわざわざ読まない
その事実を知っているのは知識人だけ

そして私は予想する
これから千年、万年後も、茨城が豊かなままなのは同じだろうと
最低でもここに人が住みだしてから約2万4000年経過しているが
自然自体に変化がない限り、或いは原発事故などで致命的汚染がない限り
ほぼ同じ期間、未来に渡っても、地味豊かな国土である事は変わらない筈だ

そしてまたこうも予想する
今は日本国とか国連とかの単位の方がさも有力にみえているが
将来これは全く逆転し、茨城の方が有力な国になるだろう
潜在的生産性を見てとれれば、茨城県知事の方が、より大きな単位の自治体の長より地位が高くなる筈だ
天皇が亡びても日本が亡びても茨城県こと常陸国は続く

なぜ県外の人々に比べ
明らかに茨城県民の方が、総じて公共民度が高くなったか?
これは恵まれた生まれ育ちの人々だからだといえる
土地が痩せていたり、狭かったり、暑すぎたり寒すぎたり、民族の資質が悪く生産力が低かったり、低級移民地区になって風紀が悪化したり
こういった条件にないからだ

移民国家を作ろうとしたイギリス、フランスやノルウェーは先駆者だ
そこで暮らす人々の意見を自分が聞き取った限りでいえば
労働力を補う目的で低級移民を大量にとりこむと、IQの約半分が遺伝すると分かっている通り、総じて風紀が低落していく
東京、神奈川や大阪がそういった場なのは周知の通り

安倍晋三なる山口系東京人が
自民支持の愚民を騙し大量に労働移民を入れた
この結果が最初に如実に現われるのが東京・大阪だが
茨城も技能研修生の名目で、契約労働者を入れている
世界的にみてこの政策が巧くいった例はまだない
ローマが瓦解した直接要因が外国人傭兵だった様に
二級市民は秩序を壊す

一方で筑波は巧く行っている
学者とか芸術家といった部類の文化人を外国から招いた例は悉く成功している
ケンブリッジはオックスフォードから神学者を
ニューヨークはパリから近代芸術家を招きいれ
結果、無二の主導権を握る事になった
移民に帰化を勧めるのはいいが
自国より優れた人々に限るべきだ

水戸学の母体になったのも
義公が彰考館に各地の学者を招いた末に
明の遺臣・朱舜水を碩学として招聘した所に求まる
茨城県民全員より優れた美質を持つ人々なら
幾ら招こうが、それはわが県の長所を更に伸ばすばかりだろう
だが自県民に劣る人々を招くのは、第二の東京圏の様なスラムを作るだけになる

県外に茨城より圧倒的に優れた美質を集めた都道府県がないとすれば
或いは国外にも部分的に模範に足る国々しかないとすれば
ある都道府県・ある国へ依存するのは全く不合理な事だ
悪辣で下賎な東京マスコミが反面教師でしかない様に
茨城の現状に劣る人々やその文化は一切合切退けるべきなのだ

国外は一般論として野蛮人でうまっている
先ず犯罪率と学歴には最低でも擬似相関が見てとれるが
実の相関はIQなど知能のできと関係していると思われる
IQの約半分が親の通りなら
茨城の平均学力は全日本より高い
更に日本のそれは全世界より高く最高付近だ
つまり一般的県外人は茨城人より愚かなのだ

筑波に研究学園都市を作ったのは全くの正解だ
そして茨城全土はこれと同じ方法で、義公式に
世界中から選良を集める方針をとらねばならない
逆に、ブランド総研田中章雄は反面教師だ
彼の調査・商売方式は国内会員間での主観的魅力の認知を種に、
実質的にでたらめな観光集客を煽ろうとしているからだ

なるほど茨城県内の観光業者にとっては
でたらめだろうと品性が低かろうと
誰でもカネを払えば客という風に考える事もできる
田中章雄が煽っているのはこの千客万来方針だ
しかしそれが決定的に誤っているのはパリの現状で分かる
全世界で最も観光先として有名なこの大都市は、
常に大量のごみで埋まる

観光業者を除く京都人が観光公害で悩んでいるのも
要は来る客の質を問わず、全世界の誰にでも媚びを売った結果だ
この点で質の高い客が観光業の容量を超えない程度にきて
しかも高い金を払ってくれる方が余程利口な結果であろう
この点でも、茨城は選良招来方針を執るがいい
偉人が帰化すればなお良い

ではどの様にすればよい人々に好かれ
たちの悪い人々が茨城を忌避する様になるか?
これは自分が全世界で最もよく分かっている事だと思うが
要するに高貴なる県にすればよいのである
県民自身が、普段から高尚な議論をし
決して低俗・卑俗に馴染まず
優れて上品な趣味に興じればよい
同類相親しむ

茨城県民が道徳的に正しいがゆえ
或いは好みが立派であるがゆえ
日本随一下衆の極みというべき東京文化に夢中になっている西日本の人々には、茨城文化が全く眼中に入らない
これでよいのだ
その結果、西日本の人々は茨城を認知していないので
魅力度最低だと、東京の更なる下衆に罵らせておけばよい

この世には馬鹿しかいないわけではない
下品な者しかいないわけではない
逆に下衆に罵られている対象がいかに優れた相手か
冷静に評価している人がいるものだ
当の自分がそうだった
自分は田中章雄が東京から茨城を罵っている間
一人で茨城県全史を調べ現地を巡り、大いに感激した
下衆は善美を嫌う

孔子は言った
村の誰からも好かれている者は、
村の悪人から疎まれ、善人から好かれている者には及ばないと
全くこの通りの事が国柄、県風にもあてはまる
栃木が罵られているのをみるがいい
我々は栃木がいかに清浄で優れた美質に溢れた土地かを知っている
だが罵っている西日本のヤクザな民衆は外道だ

全世界の全人類
全都道府県、全ての国々と、同程度に親しむ必要はない
自分より劣った点が多い人々とは努めて縁を断つべきだ
自分より優れた点のある人々に親しみ、相手の美質を学び取るべきだ
自分より優れた点のある都道府県がなければ、孤立している方が遥かによい
茨城も栃木も孤高でいるべきだ

人類はもしあしたチンパンジーにもどれるとしても
恐らく殆どのヒトが、チンパンジーの暮らしに適応できない
それと同じ事が文明にもあてはまる
茨城人が東京に出て、野蛮人同然の暮らしに馴染む事はまずできないだろう
三浦春馬は自殺したが、奴隷的芸能をやめ、茨城の農業学校に入ればよかったのだ