2021年8月31日

企業と自治体はどう違うか

(現茨城県知事・大井川和彦氏のユーチューブ動画『潜在能力が高い県だからできた「改革」/ 大井川かずひこ×山形学 対談』への返信コメント。ユーチューブ上では削除された1.の部分を含む)

1.「変化論」について

一茨城県民、有権者です。
 英ケンブリッジ大のウェブサイトの『ダーウィン通信計画』(Darwin Correspondence Project)が伝えるに、ダーウィンの言葉かのよう伝播されている「生き残るのは変化できる者」なる言葉は、ルイジアナ州立大学バトンルージュ校・経営・マーケティング教授レオン・C・メギンソン(Leon C. Megginson)によるものだった、とカリフォルニア大学バークレー校統合生物学部・ニコラス・J・マツケ(Nicholas J. Matzke)が発見したという事です。
 以下、同ウェブサイト「誤引用の進化」("The evolution of a misquotation")ページから引用。

 According to Darwin's Origin of Species, it is not the most intellectual of the species that survives; it is not the strongest that survives; but the species that survives is the one that is able best to adapt and adjust to the changing environment in which it finds itself.
--- Megginson, “Lessons from Europe for American Business,” Southwestern Social Science Quarterly (1963) 44(1): 3-13, at p. 4.
 日本では2001年9月27日、小泉純一郎首相が所信演説の末尾で次の様に述べ、同誤引用がダーウィン思想かの様に広まった可能性があります。

 私は、変化を受け入れ、新しい時代に挑戦する勇気こそ、日本の発展の原動力であると確信しています。進化論を唱えたダーウィンは、「この世に生き残る生き物は、最も力の強いものか。そうではない。最も頭のいいものか。そうでもない。それは、変化に対応できる生き物だ」という考えを示したと言われています。
――小泉純一郎

2.企業と自治体の違い、企業に於ける選択・集中論

 変化論にあたる引用部(レオン・C・メギンソンのもの)の思想の問題点は、おもに2つあると思います。

 大前提として、以下では「企業」と「自治体」を分けて考えます。
 この2つは、大まかに分類して企業が営利活動、自治体が福祉活動(立法・司法・行政など)を主体にしており、「企業」は一部の利益をめざすにすぎないが「自治体」は県民全体の公益をめざしているなど、組織の役割が根本的に異なるものです。

 先ず1番目の問題点は「生き残り」(生存)が企業の目的とはかぎらない点です。
 ここで企業の生き残りを目的とする考え方を、企業生存至上主義と定義します。
 この考えだと利益を長期的に得られる企業がふさわしくなり、裏を返せば市場独占・寡占が合目的となります。しかし市場全体だと、独禁法の趣旨と同じく、この様な独占・寡占が非効率をもたらしている場合があります。したがって企業競争力は程度としての独占・寡占状態を意味します。
 一方で、自治体に同じ考えをあてはめた時、地方自治法2条6項「都道府県及び市町村は、その事務を処理するに当っては、相互に競合しないようにしなければならない」の趣旨に多少あれ反する事になるでしょう。自治体単位で程あれ強い独占・寡占状態を作り出す事で、自治体間競争を容認・加勢する結果になります。
 したがって企業生存至上主義を自治体にあてはめるには、まず格差の底で排除される人が現れないよう、十分な高福祉計画(特に県北格差の解消計画)を立て実行した上で、競争原理を導入する必要があります。この逆に、まず競争原理を導入してから高福祉計画を実行しようとしても、すでに経済弱者や県内弱小自治体は絶滅・荒廃してしまい、全体の幸福度の面でも手遅れとなってしまいます。――国政の単位で、トリクルダウン理論に依拠した新自由主義政策が、現実の福祉目的には誤りだったのと同じです(市場に所得再分配の機能はなかった)。

 2番目は現実の市場では何らかの点でずっと変わらない企業が有利な状態があります。寧ろ経営学の観点からは、不動の高利益が期待できる定番商品(製品・サービス)をもっていればもっているほど強みがある、と見なします。逆に、常に価格競争に晒され、何らかの新たな手を打ち続けなければ競合に市場シェアを奪われる可能性がある非定番商品に依存する企業は、経営にとって決して望ましいものではありません。
 おそらく大井川さんはシュンペーターのイノベーション(革新)理論に強く影響を受け、またマイクロソフトやドワンゴでの経験から、ITベンチャーの雰囲気でいう革新的商品づくりが必須、との信念をもつに至ったのではないでしょうか。――確かに定番商品をもたない新興企業にとってはそうです。しかしこれはそもそも営利が目的ではない自治体についてなので、以下の理由で、革新理論と全く同じ観点を直接あてはめる事ができないケースでしょう。
 自治体は企業のよう一流の定番商品をもつ事で永続する様なしくみになっているとはかぎりません。1番目の問題点で説明したよう、自治体は全体の福祉を図る必要があり、必ずしも市場競争力をもつ事が目的ではないからです。――例えば自治体全体では二流以下の商品しかもっていないが高福祉が実現された県と、一流商品をもっているが低福祉しか実現されていない県があったら、前者の方が合目的です。
 その上で、企業について、私は定番商品を新たに開発し続けねばならない、という考えも、経営学の観点から必ずしも正解ではないと思います。なぜなら企業の目的は営利で、高収益があげられればいいわけですから、研究開発費や事業変更の費用に見合うリターンがなければ、もう強みをもっている分野へ選択・集中した方が望ましいからです。――例えば茨城にはシェア100%の干し芋(2011農水省・生産農業所得統計)、生産量1位の納豆など、堅固なブランド価値を有しかつ圧倒的競争力をもった定番商品があり、これらの知財(商標権・特許権など)を積極的に保護・促進する事、また海外での販路開拓を模索・工夫する事などで、関連県内企業を高収益体質へ強化し、今後とも外貨を稼ぐ事は十分可能ではないかと考えます。