橋本氏の功績はどれほど強調してもしすぎはないだろう。明らかにこの県がここまで発展してきたのは彼の有能さがあってこそだったのだし、現に東海第二原発による致命的被災から免れているのも彼の功績に他ならない。特に農工両全の潮流が果たした質実剛健な県政は、彼の茨城県に対する深い愛と思い入れを示しており、今回の選挙結果をみても総じて商業者に偏った都市部しか刷新を求めていない傾向にあったという意味で、中央政界に及ぶ経済強者の横行に対して水戸徳川家の思想を受け継ぎ農本的に全県民あたりの不公平を正し、堅実な県政によって地固めをした素晴らしい公選王政の期間だったというべきだろう。
対して現状の大井川氏の政策理論は、水戸、日立、筑波の各商業中心都市が主に求めているだろう新産業、つまりは彼らの脳内ではIT業なのだろうが、そこへの政治的助成や何らかの補助政策を喚起するものだったといえる。経営学によれば、後発者にとって模倣は創造より費用が安い。この意味で、大井川氏は自民党と経産省をはじめとした官公庁に何らかの口利きをし、茨城を東洋のシリコンバレー化するつもりだろうし、実際にそれは筑波界隈等で可能かもしれない。現実にそれを推進するよう早速、大井川氏に県民は圧力をかけるべきだろう。この意味で農工両全の潮流を脱構築する可能性が大井川県政にはあると捉えられ、それは日本政府が日本経済全体の沈没中に望むところでもある為、自公政権は茨城県民に恩義があるうちに、茨城県域へのIT特区の設計に全力を費やすべきだろう。
今後の先進国経済は金融とITを中心に成長していくことは明らかなのだから、農工業に関してはGDPに占める割合が更に減っていくことを前提に、省力化を図る方針に進むべきだろう。最少人数で最大の利益を図る事が農工業の今後の方向性であるべきで、効率を求め機械化や自動化を更に推進するべきなのだろう。第六次産業といわれる高付加価値的な農業、また農家を脱農協により会社化するといった方向については理論上可能としても、英仏米、或いはブランドに依存していた夕張市の様な先例を見る限りは、こちらは各種の県内農業政策上の規制緩和や民営促進策による自由競争市場に任せるしかないのだろう。グリーンツーリズム、或いは田舎住まい、週末の農村体験等の需要については、県民側の幸福に寄与し利益になる範囲でのみ実践するべきだろう。
問題は、これらの新政策のうち、IT業をシリコンバレーの模倣によって仮に成功させたとして、それは模倣都市、つまりkitschな第二カリフォルニアにしかならないということだ。勿論それでも満足だという人もいるだろうが、私にいうことができるのは、シリコンバレーのIT技術者達はITを目的にああなったのではなく、アメリカのpragmatismに基づいて資本経済に適応しようとした結果、最も利益のえられる分野に集積した、ということなのである。しかもはじめはスタンフォード大学辺でショックレー研究所にいて軍需の下請けにあずかっていた人々が、のちのインテルなどを興して。だから茨城県政が産業育成面で今後なすべきなのは、実は模倣そのものではなく、またITの追従でもない。士農工商のどれであれ、単に利益の最大に上がる分野の市場を最大限に伸ばすこと、つまり国政県政が何らかの規制によって民間人の利益追求を阻害しない様にするばかりか、その種の高利益分野を減税によって集積することができるにすぎないのである。勿論これは調整、或いは福祉に対して格差拡大として働くものでもあるから、県民の幸福度からいえば累進課税と医療介護・教育・生活保護によって世帯所得の平準化を図った方がよいのであって、矛盾を孕んだ考え方だ。シリコンバレーの闇まで模倣する事なしに、即ち格差拡大を避けながら更に高利益率の産業構造に県の経済界全体を推移させていくのが、大井川県政に求められている課題なのだということができる。この格差は少なくとも県内の地域間、世代間を問わない。主に所得格差についていえることだろう。
一言でいうと、茨城県は経産省と協調しながら県単位でBI(Basic income)を実験し(つまり社会保障の一本化によって再分配時にも徴税時にも節税し)、所得格差が開きすぎない様にしながら、シンガポールやシリコンバレーそのものより進んだ形で企業と個人に大幅に減税を行ったIT特区、金融特区を県内の特定地域に集積させる事で、高付加価値な新産業の誘致を進める事が有益なのだろう。結果、世界から安定した生活を求めてやってくる人口増大の効果も得られるはずだ。この政策が成功したとき、北欧型の高福祉な幸福な国家と、米国型の強い産業がわが県にあって調和しうるかもしれない。専らこれらの新産業と既存の十分強い農工業の両立を図りつつも、日本又は世界全体で最も所得の高い地域になる事をわが県は目標にするべきだろう。
また懸案の魅力度問題については、今までの分析から県外人の無知が原因であり、その県外の無知はわが県に対外発信のマスメディア、特に地上波テレビ局がないため、ステルス的効果を持っている。そしてこの点は、皇居や政府があり人口最多な首都として、国内に対して傲慢な差別感を持ち、特にメディア依存度の高い東京都を含む南関東や、全体として所得が低く国内旅行に使う余裕もない上、そもそも東京以外の東日本に対して無関心な西日本に、茨城県そのもの(と北関東)への更なる誤解を招いているということだ。日本のネットの衆愚民度は真実を探求するより、自分達に都合がいいサイバーカスケード現象による炎上を広告収益を目的としたマスマーケティングとして好む為、このステルス性は東京以西の衆愚による、誤解に基づく偏見や地方差別的報道とその鵜呑みという状態をもたらしている。これがこれまで分析できたことであった。そして橋本県政にあってこの現象に対して県庁によるネットテレビ(いばキラTV)の開局や、おはよう茨城の打ち切りと磯山さやか氏による「旬刊!いばらき」による発信、銀座のアンテナショップ・茨城マルシェ等での情報展開を試みているが、これらはマスマーケティングとずれがある為、西日本の大衆一般に訴える内容ではなかった、ということになる。魅力度調査(ネット上の偏見を集めた類のもの)をしている東京の小さくて底意地の悪い犯罪的会社・ブランド総合研究所の田中章雄によれば、わが県(とおそらく同様の傾向を持つ関東北部)に関する情報をほぼ全く持っていないし関心もないのは西日本だということがわかっている。また東京圏は「都会」に憧れてでてきた地方人の塊であることもあって、農地面積が日本一の茨城を(彼らの故郷であった、何らかの事情で捨ててきた)「田舎」としてカテゴライズし、主に合理化(酸っぱいブドウの論理)による捻くれた物の見方で蔑視なり差別的言辞を吐くという悪質なもしくは低俗な傾向も持っている。これらすべての事情を顧みると、大井川県政が魅力度問題に対してどんな解決策をとろうとするのか注視する必要があるといえるだろう。ニコ動(ニコニコ動画。動画投稿のウェブサイト)に関係を持っていたことを利用して、ネット衆愚やニコ厨(ニコニコ動画のマニア)に何らかのアプローチをするのかもしれないし、その種のネットテレビ関連の発信局を強化するのかもしれない。ただ、私としていえることは、茨城のもってきたステルス性は孔子や孫子の哲学を水戸学を経由して延伸させてきた根強い徳目によるのであって、それは単に今の時点においてのみならず長い目でみても、わが県の得であると考えられる。情報の非対称性が茨城側に有利になるよう県全体の情報条件を維持促進するべきなのだから、発信力を強化せず、むしろますます受信力を再強化するべきであって、あらゆる情報収集機関をわが県に集めていく方向にさらに進んでいくべきだと思う。マスメディアは衆愚に効果があるが、賢者へはそうでない。欧米側でマスメディアをうのみにする傾向は非常に低く、単にG8先進国では日本だけが扇動に弱い衆愚社会なのである。日本の県であるからこの傾向に合わせるべきだと思うかもしれないが、独自性とはその種の横並びを拒否する事なのである。少なくとも、西洋でも東洋でもマスメディアの扇動に弱いというのは欠点なのであり、県民自身が批判的思考力、懐疑的な物の見方を身に着けている上に、発信より受信を選好する傾向の徳目を有しているという事が望ましい文化性向に繋がると自分には思える。この最後の発信力の抑制については諸意見あるだろうが、「沈黙は金、雄弁は銀」という諺がある。何らかの無知に基づく偏見によって、非科学的なり不道徳に誤解する県外人が侮辱的態度や差別をしてくるとしたら、彼らが損害するだけである。我々茨城県民側が科学的に正しい情報を受信し取捨選択でき、県内外で自分達の功利性(即ち県民及びその他の人類の最大幸福)に合致する様に道徳適応できることが合目的なのである。
大井川氏は日立出身なこともあり、これを機に茨城県を元来のひたち県に戻す事を主張したい。漢字は常陸(ひたみちに由来したもの)と日立(義公によるもの)があり、風土記によれば浸しにも由来があるが、単にひらがなでいいのではないだろうか。それは全国で唯一のひらがな県名にもなるし、日立製作所によって国際的にも有名だからだ。
2017年8月28日
2017年8月24日
国道を渡る架橋
磯原町から図書館の前を通る遊歩道は、国道を跨ぐ箇所をも橋の下を潜らせるか、別個に歩道橋を設けるかして、天妃山、雨情記念館、磯原海水浴場、二つ島、大津漁港、六角堂、五浦美術館と回遊できる様にするべきである。国道を渡るのは現時点では危険だからだ。
回天神社の世界遺産登録
水戸市と茨城県は回天神社を、偕楽園、弘道館と共に世界遺産登録するべきだ。回天神社は、欧米列強の植民地化の脅威の前で、近代化に際して自発的な政治革命行為により、日本はもとよりアジアで最大の犠牲を払ったのが貴族の義務を果たした水戸藩であると人類の歴史遺産として証明しているのだからだ。
2017年8月12日
TXにまつわる東京圏との切断論
TX、茨城空港延伸で期成同盟会設立へ 小美玉と周辺5市
この手の東京圏との接続は、茨城県にとって不利で有害である事を認識するべきだろう。ストロー効果を避け都内との交通を遮断する事、勿論、新幹線や幹線道路なども水戸との接続を最優先し、東京圏との交通はむしろますます不便にしなければ県内経済の発展はありえない。県南自治体は目先の利益に飲まれ結果的には、他の衰退地方、或いは東京圏の自治体と同じ失敗を犯しているのに自覚していないということだ。
茨城に望ましい交通網は県内の中心都市とその衛星都市に対する利便性が最大で、接続性を高める自治体はこの中心都市、今日でいえば水戸市より規模が小さな都市でなければならない。国家にとってもこれは然りで、首都圏において実際には交通可能でありながら関東平野の大部分を占める上に都市計画の分散がうまくいき人口密度が低い状態の茨城が東京のスプロール、虫食いに毒される事は、首都圏内における政府機関の分散(これが集積の利益からいっても最も望ましい未来である)に対しても無意義だというべきだ。つまり茨城空港と幹線による接続性を高めるべきなのは水戸市、いわき市、宇都宮市、前橋市、そして日立市の方なのだ。勿論つくばと茨城空港の接続に需要があるのは明らかだが、これに伴う県内にできる幹線沿いの衰退は免れない。便宜的にこの不利を解消するには、TXではなく茨城空港と筑波の直通シャトルバスを運用する方が合理的だといえるだろう。退廃した東京都との縁を切る事、これが必要だ。
偕楽園を世界遺産へ
千波湖と弘道館、好文亭を含む偕楽園を世界遺産に登録するべきだ。これらは私邸の一部を公に開放したものとして世界一の広さを持つ都市庭園であり、東洋文明における天下の先駆けとしての近代化への自主的な先駆意志、好文木としての学問の志、愛民思想に基づく戦時への備えなど梅にまつわる故事からも世界遺産になるのに全くふさわしい普遍性を持つ精神的価値を有している。「尊王攘夷」の思想、つまり『大日本史』に由来した(易姓革命のない)万代一系による独自性の自覚や、攘夷論にみられる欧米植民地主義への世界史的な意図に基づく抵抗の意思は、思想史における重要な独創性と根本的な転換点を示しており、近代化した日本の独立を保つ原因となった文化遺産であると、偕楽園(弘道館を含む水戸市街の、水戸徳川家による歴史遺産)は評価される。この考えは欧米列強による世界大戦や国連での人種差別を終焉させる最初の起点となっている事が、偕楽園(弘道館を含む)のもっている真の意義である。有色人種への差別や搾取、奴隷化、迫害に対する勇猛果敢な抵抗、そして水戸武士道の根本にある世界平和主義。この様な精神的意義を英語や中国語を含む世界の言語で、或いは実体験によって世界人類すべてに知らせる事が、ユネスコや日本政府が茨城県及び水戸市と共に偕楽園を世界遺産に登録する重大な地球的文化行政上の義務である。
2017年8月7日
東電と田中章雄への行政訴訟論
東電による外部不経済である「電柱の景観に対する害」「電柱の災害時の危険に対する無策の害」「災害時の電柱による害」を、諸外国では電力会社による公害として無電中化を進めてきた事例から、東電の費用負担による市内の無電柱化を求める行政訴訟団として、北茨城市が原告となって東電に賠償させるべきである。更に、水沼ダムの底や北茨城沖での放射性物質の堆積、及び市内の海水浴場や市内小中学校等における放射線データとを証拠データとして、市内で起きた観光客の減少、観光収入の減に関しても、同様に市内原告団を形成し、東電に賠償させるべきである。
前者の賠償費用は当然徴収されねばならず、即ち東電の費用負担で市内の無電柱化を果たすべきなのであって行政すなわち被害者である住民の費用負担によって行うことは明らかに不正なのである。更に市内で増大してきた観光客減に関しても責任は、風評及び市内の放射能増大による実害をもたらした、東京電力にあるのだ。これらを行政努力によって解決しようとするなら、先ずその費用負担は、税収からなる国民政府の側でなく、東電側にあるのだと認識しなければならない。
これらに加え、ブランド総合研究所(〒105-0001東京都港区虎ノ門1-8-5)の田中章雄を被告人として、北茨城市が茨城県代表として魅力度調査による10年以上にわたる経済被害に対し、行政団体(即ち法人格としての県民)への名誉棄損として行政訴訟を起こし、賠償をとる必要がある。北茨城市をはじめ茨城県において魅力あるとみなせるあらゆる証拠を集めて、田中章雄が偏見による少数者のネット風説をさも、国民総意かの如くにマスコミ各社に売りつけ流し、300万県民へ与えた心理的・精神的・経済的・政治的名誉とブランド棄損に関してはっきりと、裁判において責任を取らせ、少なくとも数十億円以上の賠償を確保するべきだろう。
前者の賠償費用は当然徴収されねばならず、即ち東電の費用負担で市内の無電柱化を果たすべきなのであって行政すなわち被害者である住民の費用負担によって行うことは明らかに不正なのである。更に市内で増大してきた観光客減に関しても責任は、風評及び市内の放射能増大による実害をもたらした、東京電力にあるのだ。これらを行政努力によって解決しようとするなら、先ずその費用負担は、税収からなる国民政府の側でなく、東電側にあるのだと認識しなければならない。
これらに加え、ブランド総合研究所(〒105-0001東京都港区虎ノ門1-8-5)の田中章雄を被告人として、北茨城市が茨城県代表として魅力度調査による10年以上にわたる経済被害に対し、行政団体(即ち法人格としての県民)への名誉棄損として行政訴訟を起こし、賠償をとる必要がある。北茨城市をはじめ茨城県において魅力あるとみなせるあらゆる証拠を集めて、田中章雄が偏見による少数者のネット風説をさも、国民総意かの如くにマスコミ各社に売りつけ流し、300万県民へ与えた心理的・精神的・経済的・政治的名誉とブランド棄損に関してはっきりと、裁判において責任を取らせ、少なくとも数十億円以上の賠償を確保するべきだろう。
2017年7月29日
北茨城美術収集促進条例案
北茨城市は、市内で美術品への相続税を0にし、また五浦美術館や市内の私設美術館・画廊等への美術品の寄付については国内外の市価分の税控除を図る条例をつくるべきだ。この制度がうまくいった場合、茨城県についてもこの条例を充てるべきである。
2017年7月26日
龍ヶ崎市名について
茨城県龍ヶ崎市がこうしてかっこいい市名で1位になったため、この市名を県内外で宣伝する際に用いる必要があるといえる。龍ケ崎コロッケや龍ケ崎トマトがブランド名として有効なことが証左される。ざっくり言うと
- カッコ良いと思う「市の名前」をランキングで紹介している
- 1位は茨城県南部に位置し、東京へ通勤する人も多い龍ケ崎市
1位は茨城県の「龍ケ崎市」!
茨城県南部に位置し、東京へ通勤する人も多い茨城県の「龍ケ崎市」が堂々の1位に輝きました。
「龍」という文字が入っている事、「りゅうがさき」という語感が、見た目にも音的にもカッコ良いと思われたようです。
正式に「龍ケ崎」という表記なのですが文字の画数が多いからか、「龍」が「竜」に置き換えられたり、「ケ」が「ヶ」になっていたりと、市内でも表記が安定しないという不思議な市名でもあります。
http://news.livedoor.com/article/detail/12914959/
https://web.archive.org/web/20170726085421/http://news.livedoor.com/article/detail/12914959/
2017年7月20日
茨城ソーラーシェアリング促進法
茨城県と北茨城市は、水戸電力と協働で茨城ソーラーシェアリング促進法を作り、畑や田んぼ、駐車場、家屋とビルの上にソーラーパネルを設置した場合の税控除と、水戸電力への売電分を減税する法を通すべきである。但しこれらは既存の土地家屋ならびに農地のソーラーシェアに関してあてはめるべきで、自然破壊については補助しないようにする。県や市の税収が直接上がる結果にはならないかもしれないが、他に取られている電気料金を水戸電力へのクリーンエネルギー余力にできる上、県内のパネル設置業者と工事への公共投資になり、しかも県内個々の家庭の平均所得が上がることが確実である。
これによって農地面積が1位で県土が平坦かつ日本最大の関東平野を持つ特徴を生かし、自然エネルギーの先進県として世界を最も先駆けることができるだろう。
これによって農地面積が1位で県土が平坦かつ日本最大の関東平野を持つ特徴を生かし、自然エネルギーの先進県として世界を最も先駆けることができるだろう。
2017年7月19日
廃炉に関する分析
先進国で最大の原発立地国フランスは、会計検査院の勧告により最大17基の原発の廃炉を発表最大17基を廃止すると発表した(NHK BS)。19箇所にある58基のうち老朽化した原発から廃止する。これにより原発による電力を25%削減できる。
https://twitter.com/yuiyuiyui11/status/885096091753918464
原子力規制委員長・田中氏「再稼動の判断には関与しない」これらのニュースからいえることは、日本では責任をおしつけあってなあなあにし、責任転嫁する事による保身を図る政治が行われており、全国で最も老朽化している東海第二原発の再稼動の可否についてすらそうなのだということだ。そしてこの国民性は世界大戦以前から続いてきたものであり、決断力のなさ、責任を取って身を切る覚悟のなさ、集団責任論、責任回避、保身、逃げ、危険回避傾向などがあてはまるだろう。天皇家が敗戦時に保身を図って存続した事も、全くこの国民性に合致している。一言でいえば幼稚なのである。尤も、共謀罪を手にした安倍内閣という強権的な独裁政権が支配中の国政に対して反抗的な言動が危険である事は確かなのだが。
内閣菅官房長官「原子力規制委員会が安全性をチェック、その判断にゆだねる」
原発立地自治体・薩摩川内市の岩切長「国が責任を持って再稼動を判断すべき」
https://twitter.com/MabANmD35bQyIT0/status/885141028310614016
老朽原発の危険性が明らかの上に原子力事故が複数回起き隣接自治体では世界最悪の大公害が起きたばかりなのだから、脱原発を図る方針転換にいたるのは誠に自然な事なのだが、日本国民の民度(特に西日本)からいって、この種の進歩的な言動を抑圧・弾圧しようという衆愚的な保守派がいることもまちがいない。だが謝った見解を恥じない悪意ある衆愚からの風評を気にするより、わが身の安全を図るべきだろう。すなわち日本で唯一、廃炉に全面的に成功した自治体(そして最も先に商業原発に成功してきた自治体)が茨城となるよう率先垂範すべきである。
東京五輪をかかえた東京都庁は、原発事故の恐怖をかかえているのだから、首都圏にある老朽原発を廃止せよと茨城が(東京や主要マスコミに)強く出る事は都民の利益にも叶うと説得し、また当然の事ながら日本ですら廃炉に成功する可能性があると実証するのは国益にも叶うと政府を説得するべきだろう。この際、東京には主につくば圏への人口分散促進案を要望し、政府には廃炉後の代替産業に関して、人口減への対策として東海村から県北地区へのIT特区と金融特区(投資家育成特区)の申請要望を図るべきである。
県北成長案
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52032?page=2
石破 (略)
また、基本的に地方のほうが出生率は高いのですが、所得が高いわけではない。一番所得の多い東京の出生率が最も低く、一番所得が少ない沖縄が最も高いんですね。
では、出生率の高さは何と相関関係があるのか。この謎を探っていくと、どうやら一番相関係数が高いのは、平均帰宅時間と通勤時間なんです。
東京や神奈川みたいに、往復1時間半も電車やバスに乗っていると自由に使える時間が減るので、子供をつくる機会も少なくなってしまうわけです。
この記事でわかることは、県北の経済成長を図るには、水戸・日立・つくば・いわき等県北圏の主要都市のとの利便性の高い(移動時間が短縮でき安価で大量に輸送できる)交通網を整備するか、県北地域自体に企業誘致活動をするか、どちらかだといえる。
2017年7月10日
海岸線の斜面の手すり
下桜井海岸の新しい堤防は、道と傾いた下水に続く斜面の間に何の手すりも境もなく、地面の色も同じために、高齢者や子供が転落したら事故になる可能性があるため、地面の色をかえるか、警告色で斜面部分との境を塗るか、手すりを境につくるべきだろう。
2017年7月7日
2017年6月29日
2017年6月11日
エネルギー多岐化
東日本大震災時に電気供給が一時停止した事例からも、わが県わが市では、最低でも緊急車両はガソリン車を含めて保守した方がよい。エネルギー源の多様性、多岐性を確保する事が望ましい。
オランダで2025年までに電気自動車以外の販売を禁じるらしいが、明らかにいきすぎというべきだろう。
オランダで2025年までに電気自動車以外の販売を禁じるらしいが、明らかにいきすぎというべきだろう。
2017年5月28日
世代間調整福祉論
老人の介護施設や奉仕を充実させつつ、若者へ経済的支援を充実する事が、適切な福祉政策である。世代間所得調整を要とし、県がタンス預金を公共投資や、若年者への経済支援策に回すべきなのだ。この逆をいっているのが東京で、2020年に老人が過半となった時点で介護施設が不足しており、大量の非正規雇用者をかかえこみ、不幸な社会となるだろう。
芸術政策論
京都では「文化」という用語で、過去の伝統工芸、建築遺産等を観光・宣伝資源にしているといえる。文化庁も古典に関してこの種の業務が主だろう。これらは過去の記録に関する後ろ向きの見解を固定化する役割をもち、創造性に対しては抑圧的な働きを持つだろう。わが県ではかれらを反例に、「芸術」あるいはart(技)によって創造的、創作的、独創的な営為を奨励するようにすればよい。
廃炉論
東京都民は個人の利益以外は基本的に追求しておらず、個々の東京都民の利害損得以外によっては行動しない。東海第二原発は「東京都民個々人にとって損害である上に、東京都民が保有する原発である」という喧伝活動によって、都民を誘導して停止する以外に方法はない。この種の情報をマスコミを通じて都内に流布し、東京五輪はじめ東京・横浜が壊滅するという事実で、廃炉に向けねばならない。
2017年5月14日
『常陸国風土記』前文
常陸國司解 申古老相傅舊聞事
夫常陸國者。堺是廣大、地亦緬邈、土壤沃墳、原野肥裄、墾發之處、山海之利、人人自得、家家足饒。設有。身勞耕耘、力竭紡蠺。者。立卽可取富豐、自然應免貧窮。況復。求鹽魚味、左山右海、植桑種麻、後野前原。所謂。水陸之府藏、物産之膏腴。古人曰。常世之國、葢疑此地。但以。所有水田、上小中多、年遇霖雨。卽聞。苗子不登之難、歳逢亢陽唯見、穀實豐稔之歡。歟。
訓読:それ常陸の国は堺これ広大にして地もまたはるかなり。土壌うるおい原野肥えわたる。墾發するところなり。山海の利、人々自得す。家々饒に足る。もし身を耕耘に労い力を紡蚕につくす者あらば、即ち豊かに富取るべくして立ち、自ら然りして貧窮を免れるに応ず。況や鹽魚の味を求め復すに左は山、右は海。桑を植え麻を種するに後は野、前は原。いわゆる水陸の府蔵、物産の膏腴。古人曰く常世の国、けだし疑わんこの地と。ただ以てあらゆる水田上すくなく中おおし。年霖雨に遇わば即ち苗子登らずの難を聞かん。歳亢陽に逢わばただ穀實豊稔の歓びを見んか。
現代語訳:常陸の国すなわち茨城県のあたりは広く、はるかな大地である。その土や小山はうるわしく、原野は肥え渡っている。人々が開墾をはじめれば海の幸にも山の幸にも利益があり、人々はそれを自ら得ているのだから茨城県の家々の食事はとてもゆたかで、満ち足りている。もし田畑を耕したり、蚕の糸を紡ぐ者がいたら立ちどころに富を取ることができ、すぐさま豊かになる。結果として彼らは自然に貧窮を免れるのだ。それどころか茨城県の人たちが塩気のある御数やら、魚やらの味わいを求めにかえってくれば、土地の左手は山でしかも右側は海、どこにいても食材が手に入ろうという世界である。彼らが桑の木を植え麻の種をまこうとしたら茨城県土の後ろは野原、前は草原であり、この県には水産業のみならず農林業にさえ、どこにでも適した土地があるといえよう。いわゆる水陸の府蔵といい、物産の資源があぶらのように滴っているのだ。昔の人がいった常世の国、すなわち天国とは茨城県のことなのだろうかと疑うほどだ。但し、一ついえるのは水田に上々のものは少なくむしろ並程度のものが多いので、ある年に長雨が続くと、苗が育たないことがある。それが難点だと人々から不満の声が聞こえる。よく陽射しの照る年に逢えれば、ただただ穀物の実りは豊かで、いかに喜ばしい事か。
夫常陸國者。堺是廣大、地亦緬邈、土壤沃墳、原野肥裄、墾發之處、山海之利、人人自得、家家足饒。設有。身勞耕耘、力竭紡蠺。者。立卽可取富豐、自然應免貧窮。況復。求鹽魚味、左山右海、植桑種麻、後野前原。所謂。水陸之府藏、物産之膏腴。古人曰。常世之國、葢疑此地。但以。所有水田、上小中多、年遇霖雨。卽聞。苗子不登之難、歳逢亢陽唯見、穀實豐稔之歡。歟。
訓読:それ常陸の国は堺これ広大にして地もまたはるかなり。土壌うるおい原野肥えわたる。墾發するところなり。山海の利、人々自得す。家々饒に足る。もし身を耕耘に労い力を紡蚕につくす者あらば、即ち豊かに富取るべくして立ち、自ら然りして貧窮を免れるに応ず。況や鹽魚の味を求め復すに左は山、右は海。桑を植え麻を種するに後は野、前は原。いわゆる水陸の府蔵、物産の膏腴。古人曰く常世の国、けだし疑わんこの地と。ただ以てあらゆる水田上すくなく中おおし。年霖雨に遇わば即ち苗子登らずの難を聞かん。歳亢陽に逢わばただ穀實豊稔の歓びを見んか。
現代語訳:常陸の国すなわち茨城県のあたりは広く、はるかな大地である。その土や小山はうるわしく、原野は肥え渡っている。人々が開墾をはじめれば海の幸にも山の幸にも利益があり、人々はそれを自ら得ているのだから茨城県の家々の食事はとてもゆたかで、満ち足りている。もし田畑を耕したり、蚕の糸を紡ぐ者がいたら立ちどころに富を取ることができ、すぐさま豊かになる。結果として彼らは自然に貧窮を免れるのだ。それどころか茨城県の人たちが塩気のある御数やら、魚やらの味わいを求めにかえってくれば、土地の左手は山でしかも右側は海、どこにいても食材が手に入ろうという世界である。彼らが桑の木を植え麻の種をまこうとしたら茨城県土の後ろは野原、前は草原であり、この県には水産業のみならず農林業にさえ、どこにでも適した土地があるといえよう。いわゆる水陸の府蔵といい、物産の資源があぶらのように滴っているのだ。昔の人がいった常世の国、すなわち天国とは茨城県のことなのだろうかと疑うほどだ。但し、一ついえるのは水田に上々のものは少なくむしろ並程度のものが多いので、ある年に長雨が続くと、苗が育たないことがある。それが難点だと人々から不満の声が聞こえる。よく陽射しの照る年に逢えれば、ただただ穀物の実りは豊かで、いかに喜ばしい事か。