2013年6月15日

文化的発展

 おとといの茨城新聞の社説に、県北が衰退といった文言がみられるが、自分の実感としてそれは必ずしも真ではない。県南は人口密度があがった分、すみごこちがわるくなっているからだ。自分としては通勤ラッシュがひどい県南から県央よりずっと、それほど混雑しておらず余裕があってすいている県北の状態がよい。県南県央をかんがみると逆に混雑税の導入によって企業・学校側のフレックスタイムや単位制などを誘導し、通勤ラッシュを緩和する必要がある。通勤通学にあたる時間帯の県央地域での通行には、電車・公共交通網に県税をかせばよい。道路網をその時間帯のみ有料化し、電車利用に課税する。
 むしろ、北茨城圏についていえばさらなる文化的発展が命題的であるとおもえる。雨情や天心らの先人からの文脈があって、この地域ではある芸術的な理想主義がくらしていても感じられる。たとえば学校の教師にはかつて体罰などをおこなっていた如何な者がいたし(現段階では国・県・市の教育委員会に直接連絡をいれて懲戒すべきである)、炭鉱や漁師、水戸っぽなるものの影響か市民の中にはよかれあしかれ気があらいひとも相当みかけるが、総じて東京的な経済発展というものにはそんなにつよい関心がなさそうにみえる。幸福であるために、経済がキーワードとなる感じのいちではない。ちがう意見のひともいるかもしれないが、人口密度としても、いまの時点で十分にちかい感じがする。
 文化という面で、建築から詩劇まで、公共施設から自然景観まで、教養の程度や奉仕の質などさまざまな生活水準をあげていく、という面が県北地域の真の命題である。そしてそれは単なる人口密度や経済規模のことではおそらくない。特に、可住面積がせまい県北地域では個々の住民の資質をすぐれたものにすることが重要であり、いわゆる経済発展へも実はこの教育水準を間接的にあげることが、平原がひろがる県南にくらべ山地がおおく人口比のかぎられる県北でもっとも効果があるといえる。